の謎のたねとなっている。これは、石坂家では美しい男ばかり生むから、越後国彌彦山に棲む※[#「玄+少」、第4水準2−80−57]太郎婆あさんと呼ぶ雪女に、攫《さら》われて行くのであると村人は信じているのであるという。

  四

 昭和二十一年の雪解けの季節、つまり今年のゆく春のころである。賢彌は、村の青年たち数人と共に草津温泉から渋峠を越えて、信州の熊の湯へ旅行を志した。賢彌は、十九歳になっている。
 草津温泉を出発して一里半、真っ白に聳える白根火山を行く手に見る香草温泉あたりに雪割草が咲いていた。雪解け頃というけれど、香草温泉からの登りは、流石《さすが》に未だ雪が深かった。それに、次第々々に坂道は匂配を加えてきた。標高六千余尺の上信の国境をなす渋峠の頂上まで達したときには、日ごろ健脚でない賢彌は友人から十数町も引き離されて遅れていた。雪の上を、一人でとぼとぼと歩いていた。
 すると、うしろから、
「賢彌、賢彌」
 と、呼ぶ者がある。この積雪の山中で、わが名を呼ぶ者はいない筈だ。妙なことである。あるいは耳の錯覚ではないかと考えたが、それでも後ろを振り見た。見ると頭髪も鬚髯も真っ白な老爺
前へ 次へ
全27ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 垢石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング