を生まんうちは、わしらのようなものの精が、どんな妖気を弄んだところで、あの息子を拐《かど》わかすことはできない。つまり石坂家の持っている天命を、われわれが左右しようといったとてそれは無理じゃ。まあ、落ちついて時節のくるのを待つがよい。その時節は、遠いことではあるまいとわしは思うね」
「ですが、わたしの乙女心をお察しください」
「乙女心か、あっははは――ところでね、賢彌君の曾祖父さんが、渋峠の西に当たる横手山の渓谷の岩窟に、野守の精ともう百年近くも共に棲んでいるのは、お前さんも知っている筈じゃね。わしはお前さんのわずらいが心配になるので、二、三日前横手山へ出かけて行って、曾祖父さんに相談してみた。一日も早く賢彌さんを相俣淵へ引き取って、岩魚を安心させてやりたいが、なんとかならぬものでしょうかといったところ、一言のもとにはねつけられた」
「それはご親切に――厚くお礼を申しあげます」
「お礼で痛み入る――ところで、嫁を貰い子供を儲けぬうちに賢彌を誘拐すれば、石坂家の系図はそこで絶えてしまう。もし、早まって強いて賢彌を誘い出すような不心得のことをやれば相俣の岩魚めはひと捻りに捻りつぶす。そのと
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