きは、貴公も同罪じゃから只では置かぬと曾祖父さんから大喝を喰ったようなわけじゃ。じゃが、条件さえ具備すれば、これは石坂家に伝わる運命じゃから貴公らが賢彌を煮て食おうと焼いて食おうと――」
「そうでしたか、では静かに時節のくるのを待つよりほかにいたし方ありませんね」
「そのとおり、そこでしばらく燃ゆる恋心を抑えて、身のわずらいを癒《いや》す思案でもするがよかろう」
「心を落ちつけます」
「そうでなければならぬこと。そして、からだを達者にして置いて恋人を迎えにゃなるまい」
「ほほ」
 月は次第に西の空にまわって、対岸の高い絶壁のかげに隠れた。月光を失った淵の面と河原は、俄に暗いかげの底に吸い込まれて行ったのである。巨猿の姿も、魚精のかげも幽黝《ゆうゆう》の底に抹消された。

  十

 正月がくると、石坂家へ目出度い縁談があちこちから持ち込まれた。一体、石坂家に伝わる幻奇については、近郷に知らぬものはないのであるけれど、不思議なことに代々縁談に不自由はしなかったのである。石坂家は、この地方では有数の豪農で豊かに生活し、城郭のような屋敷を構えていることも世間の思慕を惹《ひ》いている理由である
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