かし、先客があるからといって風呂へ入らぬわけにはゆかぬ。曳戸を開けた脱衣場の棚へ衣物を投げ込み、浴槽のなかへ静かに入った。
果たして、女であった。賢彌は、静かに湯へからだを浸したつもりではあるけれど、湯は音をたてた。だが、女は別段驚いた風もなく、凝乎と賢彌とは反対の方へ向いたまま、浴槽の一隅に浸っている。だから、賢彌は女のうしろ姿を見ているわけである。ところで、うしろ姿から察すると、若い婦人であることはたしかであると思う。
法師温泉の、この長方形の浴槽は甚だ大きなものである。一方の隅から、一方の隅までは少なくとも四間半はあるであろう。浴槽の面を漂う湯気を通して、朧《おぼろ》な女のうしろ姿をながめながら、賢彌は静かに湯のなかに脚を伸ばしていた。
暫くすると女は、湯から出て流し場へ上がり、全身をあきらかに現わした。その、うしろ姿を見て賢彌は、からだ中の血が一瞬に頭へのぼったように、じいんとした凄気を催したのである。豊かな肉付き、なめらかな白いうなじ、両腕、そして肩から背に移る曲線を蔽う皮膚。
だが、腰から下は大きな魚体であったのである。順序正しく並んだ銀鱗が、はっきりと見える。賢彌
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