。境内には、百人あまりの牛方が右往左往して、なにか口々に叫んでいたが、やがて牛方は場の一隅に大きな円陣を組んで、相談ごとをはじめたらしい。相談ごとが終わると円陣の人々は、手を高くあげて賑やかに拍手した。
 そこでまた若月氏が、説明する。ここの闘牛は、予め取組の番割というものをこしらえて置かない。その日における牛の機嫌とか、闘志とかを観察|斟酌《しんしゃく》して、相手を定めるのである。つまり甲牛の戦歴、力量を基本とし、きょうの条件ならば、乙牛と組合わせるのが適当であろう。と、いう談合が円陣を作った各村の青年である牛方によって唱和されると、これを飼主に諮《はか》って承諾を受ける。そこで、番組が定まった印に、拍手が起こるのだ。
 この拍手を見ると、その瞬間に見物人にどよめきが起こった。第一番組の取組が、はじまるのだ。東の口から曳きだされてきたのが、塩谷村の甚六牛である。茶色で、肩の肉瘤隆々として盛り上がり、目方は二百貫近くもあろうか。
 堂々として逞しい。内に向かって曲がった両の角は、あくまで鋭く馬琴が形容した通り、烏犀《うさい》か石剣というほどである。
 西の口から牽きだされてきたのは、竹
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