古志国古小谷へ旅したとき、たまたま二十村郷の闘牛見物に行き、肩丈四尺七、八寸の虫齋《むしかめ》村の須本太《すほんた》牛と、四尺六寸の逃入《にごろ》村の角連次《かくれんじ》牛とが角を合わせ、乱闘が死闘となり、ついに牛方の青年がこれを引き分けようとしたが、牛は暴れて人を突き、人を踏み、被害甚大。
 見物人は蜘蛛の子を散らすように逃げだして、このまま捨て置けば幾人人間があやめられるか分からぬ危急の状景を示してきたので、小文吾は矢庭《やにわ》に闘牛場へ飛び下りた。そして荒れ狂う猛牛の間へ分け入り、むんずと両獣の角を、右手と左手に掴んで、えいとばかりに引き分けてしまったその剛力。あまたの見物と牛方は、この光景を見て、ただ小文吾の金剛力に驚くばかり。
 馬琴は、そのときの状景を――曳《えい》とかけたるちから声と共に、烈しき手練の剽姚《はやわざ》。左に推させ、耶《や》と右へ、捻ぢ回したる打擂《すまひ》の本手《てなみ》に、さしも悍《たけ》たる須本太牛は、鈍《おぞ》や頑童《わらべ》の放下《ほか》さるる猪児《ゐのこ》の似《ごと》く地響《ぢひびき》して※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]と仰反り倒
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