らじら》しいや。この間も、僕の見ているところでやってたじゃないか。
あの時、ただの一度さ、はじめのおわりだ。
それならいいが、カンニングが癖になって世の中へ出てからも、カンニングをやるとひどいことになるぞ。
どんなことになる。
この食詰横町に住んでいる人物は、すべてカンニング崩れなんだ。社会生活にカンニングを用いれば、誰でもこの横町へ這い込まにゃならんよ。
こんな冗談を言い合って、笑ったものだ。
さて、私の場合であるが、私は世の中へ出てから、別段カンニングをやった覚えはなし、人の物をちょろまかした記憶もない。
だのに、食い詰めて、せっぱ詰まった。
会社をやめる時、退職金を一万二千六百円貰った。大正の末年の、デフレの大不景気時代であったから、当時の一万二千六百円と言えば素晴らしい。そのころ、とろとろと唇の縁がねばるような白鷹四斗樽が一本、金八十円前後で、酒屋の番頭が首がもげはせぬかと心配になるほどぺこぺこ頭を下げて、勝手元まで運び込んだものである。
この頃のように闇値横行のとき、一升三百円の酒を買えば、一万二千円所持していたところで、四斗樽一本でおしまいだ。しかるに、一
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