俺は、若いころ河童の宴会を見物したことがある。まだお前が生れない前の話だ。お前もあの利根川の源景寺渕に続く河原へ遊びに行つたことがあるだらう。あの河原の、萱の叢のなかで河童の宴会が開かれたのだ。
 或る夕方利根川へ鮎釣に行つて帰るさ、あの河原を雑木林の坂の方へ歩いて行くと、叢のなかでひそひそと話し声が聞える。そつと覗いてみると五六匹の河童が、酒盛の最中であつた。貧乏徳利を囲んでひどく上機嫌にやつてゐる。源景寺渕に、昔から棲みかをなす九千坊の一族だらう。酒の肴は鯉、鯰、鮎、鮒、鰍などふんだんに平石の上に置いて、差いつ押へつ大した景気だ。俺は、この珍況に思はず見とれた。
 やがて、一同に酔色がまはつてきたころ、連中のうちで一番大きく逞しさうな一匹が申すに、おれたちはいつも酒の肴に魚や水草ばかり食べてゐるので、あきあきした。なにかほかに変つた肴はないかと思案したところ、あつたあつた。それは、未風村の猫万どんのところで飼つてゐるあの小馬だ。今夜丑満頃に猫万どん方の厩舎へ一同揃つて忍び寄り、小馬を引きだしてきて源景寺渕へ誘い込んで殺してしまひ、九千坊親方を中心に大盤振舞を催し、けとばしに舌鼓
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