へ連れて酒を与へる。海鼈は喜んで、五升も一斗も呑んでしまふ。頃合を見て漁師は海鼈を海へ放つてやるが、かうして置くと海が荒れたとき鼈は自分等漁師を狂瀾から護つてくれるといふ話は、お前も知つてゐる筈だ。
ところで、泥鼈(すつぽん)は海鼈とは近い親戚だ。親戚の間柄であるから、泥鼈も大の呑ん平である。この泥鼈が酒を呑んで十石を尽すといふと、河童(かつぱ)に出世する。つまり河童とは泥鼈の年功を経たものであるだらう。
幕末のころ、水戸の大浜海岸で河童が漁師の網にかかつてきた。よく見るとこれは、頭だけ河童になつてゐて、甲羅や四肢はまだ泥鼈のままの姿であつた。多分これは、まだ酒を五石くらゐしか呑まぬ奴であつたらう。明治になつてから越後国の小千谷《をぢや》町の地先の磧へ河童が昼寝に上つてきて、里の子供等に捕つたことがある。奇妙にもこの河童は体は河童の姿になつてゐたが、頭は泥鼈の形のままであつた。これも、まだ飲酒十石に達せぬ奴であらうが、頭が泥鼈でからだが河童であるといふ姿を想像してみた。随分妖魅に富んだ代ものだ。
父の話は次第に面白くなつてきた。私に酌をさせては、ちびちび呑みながら話を続けて行く。
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