河童酒宴
佐藤垢石

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)小千谷《をぢや》町
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 私の父親は、近村近郷きつての呑ん平であつた。いま、私も甚しい呑ん平である。子供のときから今日まで、六十余年の間呑み続けてきた。
 母親は、少年の私が酒を呑むのを見ると、きつい叱言を喰した。だが、父は反対に奨励の傾向を持つてゐた。このごろ私は、一升九百二十五円といふ高価の酒を呑んで、生活の胸算用に苦しんでゐるのである。こんな高い酒にめぐり会はないで早く死んだ吾が父親は、まことに幸福者であると思ふ。
 あるとき母親が、四五里離れた親戚へ客に行き、二三日家を留守にしたことがある。甚だよき機会である。父親は、私を酒屋へ使にやり毎夜二人はしたたか呑んだ。うるさい鬼の、留守の間の命の洗濯である。
 四五杯傾けてほんのりすると、父はいつも借の面白い物語、いや自分の見聞談を私にきかせるのを例とした。ある夜、私は父に人間以外に酒を呑む動物があるかどうか問うてみた。すると父は、即座に、あると答へた。
 お前は、海鼈を知つてゐるだらう。あれは、ひどく酒が好きなんだ。海の漁師が鼈を捕へるとこれを浜
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