でも、普通のところであったら、私などはもちろんのこと、妹にも往生させるつもりですから――』
 私は翌日も滞在して、また海へ鯛釣りに行った。船頭は、いつもの仲造といった三十前後の腕達者である。沖へ出て、陸の方を望むと、房総半島の山々を包む緑の林が色濃く昼の太陽に映し浮いている。浜辺の家並みも、微《かす》かに糸に揺れて和やかな風景である。午前中の潮行に、舟を三流し四流し釣って、午後の潮が再び膨《ふく》らみきたる間に、仲造と二人で弁当を食うことにした。
 そのとき私は、ふと森山さんの妹さんのことを、仲造にきいてみる気になった。
『おい船頭さん、お前は森山さんの妹さんを知っているかい』
『知ってます。あの兼子さんが、どうかしただかね』
 と、仲造は持っている弁当箱を、舟板の上へ置いた。
『どうしたという訳じゃないが、大層別嬪だという話じゃないか』
『とんでもない』
 大きな手を横に振って仲造は、
『まるで反対だ。ふた目と見られねえ』
 と、笑うのである。
『ふた目と見られないはひどいね。それほどでもないのだろう』
『ほんとだ。暑中休暇には帰ってくるから、見なせえ』
 こんな訳であった。森山さん
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