。もう五十歳を一つ二つ過ぎて、子供は大きい娘が今年女学校を卒業し、弟の方は中学三年になっているのであるから、別段不自由というほどのこともないのだが、何だか物足らぬ、といったようなことをいつぞや会ったとき聞いたことがあった。ふと、私はそれを思い出したのである。
 正直なことをいうと、山岡も稀に見る醜男《ぶおとこ》の方なのである。上背は四尺六、七寸、肩幅が広くてずんぐりしている。丸い顔に、丸い頭を玉石のようにいが栗にして、いつも元気がいい。性質は風采《ふうさい》にも似ず明るい方で、世間から人気があるのだ。
 そして、彼の友人たちは、彼が醜男にも拘わらず上背の高い美しい妻君を持っているのを、日ごろ羨ましがった。それが、二、三年前ぽっくり死んだのである。
 私は、東京へ帰ると二、三日後、山岡を飯食いに誘い出して、
『不自由もあるまいが、独り者というのは兎角《とかく》その不自由勝ちのもので――』と、水を向けてみた。
『大したこともないよ――だがね、この頃は夕飯を出先で食うことにしているんだ。家へ帰ったら直ぐ床の中へもぐり込めばいいんだ』
『それでは、子供達が寂しかろうがな』
『あいつらも馴れたよ』
『それでは、子供の教育にならん。一人しかない親だもの、夕飯どきには必ず帰っていないと可哀想だ』
『それもそうだな』
 と、山岡は微笑した。そこで私は、
『ところでどうだ――茶飲み友達というのは欲しくはないのかい』
『僕はまだ老いぼれじゃないのだよ、茶飲み友達は惨酷だね。だがね、格好なのがあれば、邪魔にもならないだろうし、子供達も家の中が賑やかになるのを喜ぶかも知れない。何か、似合いの候補者でもあるのか』
 と、山岡は朗らかに言うのである。
『ある』
『からかうな』
『からかうのじゃないよ。若いし、教育はあるし、家柄はよしさ』
『正体はなんだ』
『物持ちの娘だ』
『歳はいくつになる』
『掛値なしの三十四歳だ。僕が、独身ならばと内心思っているのだけれど――』
『いやに煽動的だね。だが、僕の方が少し歳が行き過ぎている――』
 山岡はこう身を引いて出たが、何となくこの話に気心が進むように見えた。
 そこで私は、房州の森山家の豪勢な話や本人の身柄のことについて詳しく物語った。山岡は、私の話をふんふんと聞いていたが、最後に、
『ひどく、ぐあいがよさそうじゃないか。一つ、小当たりに当たってみて貰
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