ザ虫はいるであろうが、まず天瀧川に産するザザ虫の味を第一等とする。この重箱に入っているのが、すなわち天瀧川のザザ虫である。佃煮にこしらえば人間の餌となるものを、魚の餌として捨ておくのはもったいない。
 次に、この川百足に至っては珍中の珍だ。肉に濃淡の風味を持ち、歯切れがなんともいわれないのである。瀬虫の旨味、わが天瀧河畔の人々でなければ、知る者はあるまいと思うが諸君、騙されたと思って酒の肴に一箸やって見給え。一度味わったら、終生忘れ得られるものではない。と、大した効能書である。
 私も田舎の育ちであるから、昆虫食については、まるで無知というわけではないのだ。子供のときから、蝗《いなご》はふんだんに食ってきた。蜂の子も珍重した。また赤蛙の照り焼きは、牛肉よりもおいしいと思ってきたのである。
 けれど、川に棲む虫は初見参である。なかなか手が出ない。秋田県地方の人々は、姫|柚子《ゆず》などよりも大きい源五郎虫を、強精剤として貪り食うというから、ザザ虫や川百足など、姿の小さいものは恐るるに足るまいと思うが、理屈は抜きにして、ちょっと手が出ないのだ。
 まことに、風流の心なき人々ではある。と、嘆
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