信州ではザザ虫と呼んでいるのだ。このザザ虫は、魚の餌になるばかりでなく、人間の餌にもなるのだから、妙だ。
信州では、ザザ虫を佃煮にこしらえて、それを肴にすると、酒がひどくおいしいといって甚だ賞味する。君も酒が好きだから、こんど上京するとき持って行ってやろう、ザザ虫の佃煮を肴にして、一杯やり給えと、甚だ悪もの食いめいたことをすすめるのだ。私は初耳なのである。
それから間もないことであった。博士に信州高遠の桜見物に誘われた。四月の二十日ごろであった。友人三、四人と共に、高遠公園の桜を眼の前にして、公会堂の楼上に卓をかこんだ。高遠の有志から、酒と重箱の贈りものがあった。酒は仙醸と呼んで、まことに芳醇である。重《じゅう》のなかは肴であるそうである。やがて、博士は重箱の蓋をとった。みると、先だっての話の、ザザ虫の佃煮だ。ザザ虫ばかりではない、川|百足《むかで》もいる。生きているときは青黒い色をして、長さ五分くらい。胴が丸く嘴の長い瀬虫(トビゲラ)と称するグロの虫まで、佃煮になっているではないか。
博士は、まずザザ虫の佃煮を箸でつまんでから、徐々に説きだした。諸国の川には、至るところにこのザ
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