二つの山が顔を出している。右が茂倉岳、左が谷川岳である。平野の人々は遙かにこれを望んで、ただ越後山と呼んでいるが、二つとも上野国と越後国にまたがっているのである。
この二つの山は、平野から北へ眺める一番深い山である。十月半ばには、毎年頭に白い雪を冠る。里の人々は『越後山に雪が降ったから、そろそろ稲刈りがはじまるだんべ』というのだ。もうその頃には、ときどき寒い秋の風が吹く。
十月末に降った雪は、年によって七月半ばの夏の土用に入るまで、山の襞に消え残っているのが遠く見えるのである。だからこの山々に全く雪を見ないのは、八、九月の二ヵ月だけだ。
私は、子供のとき利根の河原からこの山々の白い嶺を雅《みやび》やかに眺めて、まだ知らぬ越後国の雪の里人のありさまについて、いろいろ想像をめぐらしたものであった。晩秋から冬にかけては雪雲と風雲に閉じこめられて、はっきりと姿を現わすことは稀《まれ》である。春は春霞に、夏は夏霞に面を掩うて、晴れやかに里の人々に国境の寂しさを物語ることは少ないが、九月から十月にかけての秋晴れの日には丸裸となった嶺の容が眼に近い。
谷川岳も、二十年前、まだ上越線が開通しな
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