『おそれ多いことではないか――』
と、詰問した。ところが岩倉は、横から御膳吟味掛の答弁を引き取って、
『酒井殿は、拙者の申したことを信用しない風であったが、きょうのことでそれがほんとうであったことが分かったであろうと思う。これはひとり御膳吟味掛ばかりの罪ではないと存ずる』
こう説いて、睫毛に宿る露を長袖で拭った。岩倉は、かねがね一天万乗の君のご前へ供え奉る御膳が、どんなに質素で、いや質素を通り越してお粗末であるかを伝えていたが、それを禁裡御取締まり内藤豊後守正継や、この酒井所司代は、
『あまりのことである』
と、言って信用しない。そして、供御調度のことについて旧例を改革しようとはしなかったのである。けれど所司代は、きょう眼のあたりこの御膳を拝見して、絶倒せんばかりに恐懼した。
『いかにもこれは、我々関東の役人の責任であった』
と、深くお詫びを述べた。かねて、岩倉から聞いていたが、それは誇張であって、事実はこれほどではないであろう。と推察申しあげ、何の手配にも及ばないできたのであった。酒井は共に悲しんだ。その後、酒井はいろいろと心を尽くしたのである。しかし旧例ばかりを楯にとって
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