にらみ鯛
佐藤垢石

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)砌《みぎり》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)堪えない[#「堪えない」は底本では「勘えない」]
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     悲しき副膳のお肴

 万延元年の四月の末の方、世はもう、青葉に風が光る初夏の候であった。
 京都所司代酒井若狭守忠義は、月並みの天機奉伺として参内した。ご用談が、予定以上に長くなって、灯がつく頃になっても禁裡を退出しなかった。侍従岩倉具視は、
(この機を逸しては――)
 と、考えた。そして、久我建道と相談して、そっと女房を経て、御膳の『御した』のお下げを乞い、これを酒井に賜わった。『御した』というのは、主上ご食事の砌《みぎり》ご正膳の外に、副膳を奉るのであるが、その副膳のことを称えるのである。
 酒井所司代は、恐懼して平伏し、さて恭々しく箸をとろうとしたところ、悪臭が鼻にくるのにびっくりして、箸を措いた。膳の上の魚の肉が、何れも古くなっていたからだ。
『これは、どうしたことか?』
 と酒井はほんとうに不思議の思いをした。そこで、酒井はその場へ御膳吟味掛を呼んで、
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