二

 猪に続いて哀れなのは、狸であろう。狸公も、団栗を食料として命を繋いでいるのである。人間界に団栗酒醸造のことあるを知るや知らずや、狸公の身の上も少なからず心配になった。
 私の故郷上州は、有名な狸の産地である。この事実は、館林の茂林寺にある文福茶釜の伝説などによったものではなく、前橋市一毛町の毛皮商坂本屋の取扱高の統計によるのである。坂本屋の話によると、近くは秩父山から甲州路。東は出羽奥州、北は越中越後遠くは飛騨の山々から、中国辺に至る二、三百年来手広く取引をなし、山の猟師が熊、鹿、狸、狐、羚羊《かもしか》、猿、山猫、山犬などの毛皮を携えて遙々《はるばる》前橋まで集まってきたが、明治になってからはこれを神戸の商館へ持ち込んで外国へ輸出している。しかし、奥利根の上越国境の山から出てくる猟人が毎年、最も多く狸の皮を持ってくるところを見ると、やはり上州が狸の名産地であると思うと言うのである。なるほど、坂本商店の倉庫へ入ってみると、狸の毛皮が山のようにあった。
 私の故郷の村は、利根川の崖の上にある。その崖に続いた雑木林のなかには、私の幼いときまで、随分狸が棲んでいた。天明三年、信州
前へ 次へ
全16ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 垢石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング