。一人が言ふに、家庭へ持ち帰ると細君の智慧《ちえ》で焼鳥風にやつてみることゝなり、肉を串にさして昆炉《こんろ》の炭火で焙《あぶ》つたところ、脂肪が焼けて濃い煙が、朦霧のやうに家中へ立ちこめ、その上に異様の臭気を発して居堪らず、細君と子供が真つ先に屋外へ避難、続いて自分も庭へ飛びだした。君は、随分ひでえものを俺に食はせたなあ、と恰《あたか》も私の責任でもあるかのやうに食つて掛るのだ。
他の友人は、自分ひとりで平らげてしまふのは冥加《みょうが》に尽きるとあつて、三四人の親戚を呼び集め、銀狐のすき焼をやつたさうだ。ところが、親戚の人々はたゞ結構なお珍らしい御馳走でございますなあ、と賞めるばかりでさつぱり箸《はし》をださない。不思議に思つて、自分が先づ肉の一切を箸につまんで口に入れた途端、胸腑に悪臭が渦き起りむつと嘔気《はきけ》を催したとある。
も一人は、或る料亭へ持ち込んでいろ/\と烹焼させたがなんとしても、食ひものにならない。ところで狐の臭気が、その後料亭のどの室へも浸み込んでゐて客を苦しめ、甚だ迷惑すると尻を持ち込まれたさうだ。他の連中の報告もいづれも不評。私は、竹の皮包を紛失して、ほんたうに幸運であつたと思つた。
五
狐は、事物異名考に淫婦紫姑が化けた獣であると書いてゐるから人間の食ひものにはなるまいが、同じ妖術を心得てゐても狸の方は悪意ある化け方をしない。どこか間の抜けたところがあつて、人からその無頓着を愛されてゐる。だから、大いに食へるだらうと言ふ友人の説である。
そこで、一両日前会津の山奥から送つてきた狸を、木挽《こびき》町の去る割烹店へ提げ込んだ。そこの主人が、料理に秘術を尽すと言ふことであつた。
酒友数人のほかに、所謂食通と称する人物と、東京で代表的な料理人と言はれる連中四五人を集め、狸公を味覚の上にのせることにした。先づ第一に出たのが、肉だんごだ。これは狸肉を細かく挽いてだんごに丸め、胡椒《こしょう》と調味料を入れて軽く焼いたのであるさうだ。なか/\いける。臭みがない。
次は、肉を刻み油でいため、蕃茄羹《トマトじる》をかけたものだ。これも、乙である。その次は、テキである。これは、硬くて歯が徹らなかつた。カツも出たが、カツも同様だ。さらに清羹《すまし》に種とし、人参大根青豆などを加役とした椀が運ばれた。しかしこれは随分手数が掛つたも
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