すっぽん
佐藤垢石

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)膾《なます》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)中|鱸《すずき》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き](一三・一〇・八)
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     一

 このほど、御手洗蝶子夫人から、
『ただいま、すっぽんを煮ましたから、食べにきませんか』
 と、言うたよりに接した。
 一体私は、年中釣りに親しんでいるので、いつも魚の鮮味に不自由したことがない。殊に爽涼が訪れてきてからは、東京湾口を中心とした釣り場であげた鯛、黒鯛、やがら、中|鱸《すずき》などの膾《なます》、伊豆の海の貝割りのそぎ身と煮つけ、かますの塩焼きなどを飽喫している。
 また、川魚では初秋の冷風に白泡をあげる峡流の奥から下《くだ》ってくる子持ち鮎の旨味と、木の葉|山女魚《やまめ》の淡白にも食趣の満足を覚えていたのであった。そしてちかごろ、私が特に楽しかったのは立秋の後、越中の国八尾町から二、三里山中の下の名温泉に旅して、そこの地元を流れる室牧川で釣った鮎が、味香ともに、かつて私が知っている何れの
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