すっぽん
佐藤垢石
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)膾《なます》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)中|鱸《すずき》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き](一三・一〇・八)
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一
このほど、御手洗蝶子夫人から、
『ただいま、すっぽんを煮ましたから、食べにきませんか』
と、言うたよりに接した。
一体私は、年中釣りに親しんでいるので、いつも魚の鮮味に不自由したことがない。殊に爽涼が訪れてきてからは、東京湾口を中心とした釣り場であげた鯛、黒鯛、やがら、中|鱸《すずき》などの膾《なます》、伊豆の海の貝割りのそぎ身と煮つけ、かますの塩焼きなどを飽喫している。
また、川魚では初秋の冷風に白泡をあげる峡流の奥から下《くだ》ってくる子持ち鮎の旨味と、木の葉|山女魚《やまめ》の淡白にも食趣の満足を覚えていたのであった。そしてちかごろ、私が特に楽しかったのは立秋の後、越中の国八尾町から二、三里山中の下の名温泉に旅して、そこの地元を流れる室牧川で釣った鮎が、味香ともに、かつて私が知っている何れの川の鮎よりも一段と勝っていたことで、温泉の宿でこれを塩焼きと味噌田楽にこしらえて舌端に載せた味覚は、永く私の記念となろう。けれど、この頃|魚漿《ぎょしょう》の饗饌《きょうせん》には少々飽いたような気がしている。なにか他の、豊美な滋味を味わってみたい、と一両日来、考えているところへ、蝶子夫人からのたよりであったのである。
すっぽんの濃羮《のうこう》は、昔から美食の粋として推されている。ところが、私の少年のときの思い出は、大しておいしいものではなかった。私が十二、三歳の頃であったであろうと思う。夏の出水の跡に、村の川の橋普請があった。私の父も、村の役人として普請の監督に出ていたが、ある日古い石垣を組み直すとき、土方が一匹の大すっぽんを捕らえた。その夜、この大すっぽんを私の家へ持ってきて、すっぽん汁をこしらえ、これを炉の自在鍵に吊るした大鍋から、十数人の村人が五郎八茶碗に掬って、おいしそうに啜った。そして、雲助のような髭面に、濁酒《どぶろく》の白い滓《かす》をたらし、あかい顔で何かわめいていた人達の姿が、いまでも私の眼の底に残っている。私にも一碗だけが裾分けとなったのである。だが、甚だおい
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