気は盛んであった。久し振りの機会であったので、役場の小使に頼んで、濁酒一升を取り寄せた。われら二人は、豪酒であったから、僅かに一升を酌みあったのでは、腹の虫の機嫌に触れぬ。
 とはいえ、季節は折柄養蚕上|簇《まぶし》に際し、百姓は働けども働けども忙しい。しかも、働き盛りの青年が、酒をあおって節季《せつき》を等閑視したとあっては、荒神さまに申しわけがたたぬであろう。
 貴公、今日はこれだけで、次回を期すということにしようじゃないか。
 よかろう。だがな、二人でもう五合ほしいじゃないか――。いや待て、腹の虫を抑えるのはここだ。
 惜しい最後の一盃を呑み干し役場を出た。友は役場の前を出るとすぐ左手へ曲がって別れ、近くのわが家の方へ帰って行った。私は、野道を東に向かい、わが村の方へ急いだのである。
 初夏の微風が、ほんのりとした頬を爽やかに吹いて快い。六月はじめの田圃《たんぼ》は麦の波が薄く黄褐色に彩《いろど》られて、そよそよとしているけれど、桑は濃緑色に茂り合い、畑から溢れんばかり盛り上がっている。なんと豊満な野面《のづら》の風景であろうと思いながら、感服して歩いた。
 役場のある東箱田と、
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