、それらしい娘はつい見うけませんかった。縁がないらしくまだ出会いません、などと西洋への手紙に書いたものです。
そこを過ぎて三島神社の前を通ります。その横からお酉様《とりさま》へ行く道になるのですが、私はお参りしたことがありません。いつもひどい人出だとのことで、その酉の日には、大分離れたここらまで熊手《くまで》を持った人が往来します。その前日あたりから、この辺の大きな店で、道端に大釜《おおがま》を据えて、握り拳《こぶし》くらいある唐の芋ですが、それを丸茹《まるゆで》にするのです。その蓋《ふた》を開けた時にでも通りかかると、そこら中は湯気《ゆげ》で、ちっとも見えません。それくらい量が多いのです。お酉様は早くから参るのですから、前日から支度をします。その茹で芋の三つか五つかを、柳でしょうか竹でしょうか、そうした物で貫いたのを環《わ》にして店に盛り上げます。熊手を肩に、その芋の環を手にしたのが、お酉様の帰りの姿でした。
私が幼かった頃、いつも母の膝《ひざ》の上にいたがりますので、兄は私を、おかめ、おかめ、といわれました。母が熊手で、おかめがそれに附いていて離れないというのでした。そんな詰ら
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