し場です。ちょうど船の出るところでした。
 私は真中にある仕切りに腰を下します。乗合《のりあい》はそんなにありません。兄様は離れたところに立っていられます。中流に出ますと大分揺れるので、兄様と目を見合せて、傍の席を指しますが、首を振って動かれません。
 ここから見る土手は、花にはまだちょっと間があるので、休日でもそんなに人通りがありません。ただ客を待つ腰掛茶屋《こしかけぢゃや》の緋《ひ》の毛氈《もうせん》が木の間にちらつきます。中洲《なかす》といって、葦《あし》だか葭《よし》だかの茂った傍を通ります。そろそろ向岸《むこうぎし》近くなりますと、芥《ごみ》が沢山流れて来ます。岸に著《つ》いて船頭が船を杭《くい》に繋《つな》ぐのを待って、桟橋めいたものを伝わって地面に出ます。
 花川戸は静かな通りですが、どの家にも下駄の鼻緒の束が天井一杯に下げてあります。
「今日は待乳山はよそうね」といわれて頷《うなず》きました。そこは少しの木立と碑とがあるだけで、見晴しもないのですから。
 いつか浅草寺《せんそうじ》の境内で、敷石の辺から数珠屋《じゅずや》が並んでいます。奥の方のは見本でしょうが、拳《こぶ
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