て下すったままでした。
 話が外《そ》れましたが、右の海屋の幅は割に長い間掛かっていました。
「これは茶掛《ちゃがけ》によかろうと思うが」と、或る時お兄様がいわれます。
「お兄様も、お茶をお始めになりますの。」
「いや、石黒《いしぐろ》氏がお茶をなさると聞いたから、あげようかと思って。」
 石黒|忠悳《ただのり》氏はその頃の長官でした。茶器は昔から古物を尊び、由緒ある品などは莫大《ばくだい》な価額のように聞きましたのに、氏は新品で低廉の器具ばかりを揃《そろ》えて、庵《あん》の名もそれに因《ちな》んで半円とか附けられたとかいうことでした。きっとそれが気に入って、お贈りする気になったのでしょう。
 お兄様はそれを持って出て、庭にいられたお父様に声を懸けられました。
「お父様、これをいただいて行きますよ。」
「あゝあゝ、持ってお出《いで》なさい。」
 盆栽に見入って、振返りもなさいません。お父様は石州流のお茶をよくなさるけれど、書画には一向趣味をお持にならないのでした。
 お兄様は何と思われたのか、勤めへお出かけに、「今度石黒さんへ行く時、お前も連れて行こうね」とおっしゃいました。そうしたら
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