出しの御様子でした。
「あの頃でしょう、よく合本と分冊との話のあったのは。」
「そうだったね。」
お兄様(鴎外)は何でも同じ本は重ねてお綴《と》じになり、表紙を附けてお置きになるし、お兄さん(三木竹二《みきたけじ》)は扱いにくいから、別々にして置きたいといって、いつも争いになるのでした。お兄様は後に種々の雑誌を多く寄贈せられるようになってから、それほどでないものまでもきちんと綴じて置かれました。それが山のように溜って、いつまでも日在《ひあり》のお家にありました。
私もその真似《まね》をして、『しがらみ草紙』などを初号から揃《そろ》えて綴じて、大事にして置いたのです。大正十一年七月にお兄様がお亡くなりになった後で、全集を出すことになって、その合本を平野万里《ひらのばんり》氏が借りに見えました。何だか気が進みませんかったが、たって仰しゃるので、お兄様のためとあきらめてお貸ししました。五十九冊を製本したのを、重たそうに下げて門をお出になるのを見送りました。全集は大正十二年の八月までに七冊出ましたばかりで、あの大震災になったのです。暫くはただごたごたと暮して、何を考えるひまもありませんでし
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