でした。強情だった娘も、さすがに疲れた時だったのでしょう。それから市場にも病家が出来ました。その後その家の前を通る時には、ここが長襦袢の家だと思いました。
市場の近くに、寄席《よせ》がありました。小路《こうじ》の奥まった所で、何といいましたか、その名の這入った看板が往来に出ていました。兄は毎日そこを通られるのです。小さいけれど、三丁目にも寄席はありましたが、近いので、顔見知りの人が多いからでしょう、遠い方の寄席へ行かれます。夜一しきり明日の下調べが済むと出かけられるので、なるべく目立たぬ服装をして、雨が降っても平気です。尤《もっと》も乗物などはありません。
どうしたのか、その寄席へただ一度連れて行って下さいました。入口で木戸番がにっこりして、手磨《てず》れた大きな下足札《げそくふだ》を渡しました。毎朝車で通る人とは知るまいと、兄はいつもいわれますけれど、どうでしょうか知ら。すぐ女が薄い座蒲団《ざぶとん》と煙草盆とを持って来ます。高座に近く、薄暗い辺に座を占めて、すぐ煙筒《キセル》をお出しになります。家では煙筒をお使いになりませんから、珍しいと思って見詰めていました。
あまり人はお
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