して帰るのもあります。家にはまたそれぞれの仕事があるのでしょう。
 あちらこちらから集った農夫と、買出しに来た商人たちとで、市場は一杯になります。声高《こわだか》に物をいい交し、あちこちと行違い、それはひどい混雑です。毎朝その市場の人込《ひとごみ》を分けて、肋骨《ろっこつ》の附いた軍服の胸を張って、兄は車でお役所へ通われます。混雑の中を行くために、幾分か時間のゆとりを見て置かねばなりません。少しは廻っても、外に道はなかろうかといいましても、人力車《じんりきしゃ》の通う道はないのです。
 野菜は時節に依っていろいろと違いますけれど、何はどこの家と大抵は極《きま》っていたようです。時には灯が附いてから人の集まることもあります。新蓮根《しんれんこん》の出始めなど、青々した葉の上に、白く美しい根を拡げたのが灯に映《は》えて綺麗《きれい》ですが、それは一、二軒だけです。
 野菜をせるのはなかなか威勢のよいものです。四斗樽《しとだる》ようの物を伏せた上に筆を耳に挟んだ人が乗って、何か高声に叫びますと、皆そこへ集まって来ます。それからは符牒《ふちょう》でしょう、何か互《たがい》にいい合って、手間《て
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