られるのです。何品でしたか、鼠色《ねずみいろ》で一面に草花の模様でした。袖口《そでぐち》だけ残して、桃色の太白《たいはく》二本で、広く狭く縫目《ぬいめ》を外にしてありました。
「ほととぎす殺しという所だね」と次兄のいわれましたのは、後年その話の出た時でした。それは殿の愛妾《あいしょう》ほととぎすを憎んで、後室が菖蒲畑の傍で殺すという歌舞伎狂言でした。立っていたのでインキは流れて裏には沁《し》みず、裁縫の器用な祖母が下前《したまえ》と取りかえて、工夫をして下すったので、また著られるようになりました。
兄はその時写生をしていられたのです。松に石灯籠《いしどうろう》の三つもある庭を、正面から斜面から、毛筆で半紙に幾枚も画かれたのでした。一枚は貰《もら》って置きましたが、いつの間にか見失いました。遠い昔のお話です。
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衛生学
私と兄|鴎外《おうがい》とは年が十ばかり違いますから、物心のついたころは十五、六でしたろう。もう寄宿舍に入っていられました。西《にし》氏のお世話になられたのはその前です。私の記憶には何もありません。母や祖母がお国の話をする時に、梁田《やなだ》、
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