《あいきょう》があって、評判がいいのだよ」とお母様はおっしゃいましたが、私は何だか嫌《いや》でした。
それから朝学校への道でよく逢います。あの人たちは朝は遅いかのように聞きましたのに、きっと牛の御前に朝詣《あさまいり》をするのでしょう。私を見かけると、大きな手を広げて通せん坊をします。道の片端を走抜けようとしますと、また寄って来ます。嫌がるのが面白いのでしょう。私は顔を真赤にして逃出すので、夢中ですから引掻《ひっか》いたかも知れません。すぐ傍の料理屋らしい家の長い板塀に附いて、学校への道を左へ曲りますと、大きな声で笑うのが後に聞えました。帰りは友達と一緒ですし、逢ったことはありません。あまり嫌ですから、水戸邸の方から行ったこともありましたが、道のりが倍もあって寂しく、それに時間もかかりますので、仕方なしに駈抜《かけぬ》けるのでした。
その頃の私の学校通いの姿は変なものでした。手織縞《ておりじま》の著物《きもの》はよいとして、小さな藁草履《わらぞうり》は出入の人が作ってくれたので、しっかり編んで丈夫だからと、お国から持って来たのでした。鼻緒はお祖母様が赤い切《きれ》で絎《く》けて下さ
前へ
次へ
全292ページ中118ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小金井 喜美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング