《さんすけ》に知らせます。流しを頼んだ人には、三助が普通の小桶《こおけ》ではない、大きな小判形《こばんがた》の桶に湯を汲《く》んで出します。暇な人は流しを取って、ゆっくりと時を過すのでした。
女たちも子供連れなどは昼間に行きます。よく芸者などが客や朋輩《ほうばい》の噂《うわさ》をしていました。夜は仕事をしまった男たちが寄って来て、歌うやら騒ぐやら、夜更《よふけ》まで賑《にぎ》やかなことでした。
御家老の清水さんの奥さんのお藤さんといいますのは、大きくなってから聞いたのですが、もと殿様のお部屋様《へやさま》でした。藩主は早く夫人が亡くなられて、お子様もなくてお独りでした。お手廻りのお世話をさせるために、江戸でお召抱えになったのがそのお藤さんで、当時はそんな邸向の奉公人ばかりを口入《くちいれ》する請宿《うけやど》があったのだそうです。どんな家の生れか知りませんが、年も若く、美しくて利発な人で、請宿では隠れた処にも痣《あざ》や黒子《ほくろ》のないように、裸体にして調べたとかいいました。女芸一通りは出来たので、お国に落ちついてからは、召仕《めしつかい》に習字のお手本を書いて渡したとか聞きま
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