の傍にある手桶《ておけ》の水で手を洗い、さて坐って見ますと、竹箸《たけばし》が剥《は》げて気味がわるいので、紙で拭《ふ》いて戴《いただ》こうとして、「お兄さんは」と聞きますと、
「おれはいい。それもお食べ」と、お茶を飲んでいらっしゃいます。「まさか」と思わず笑いました。家を出てから初めて笑ったのです。葛餅はそれほどおいしくもありませんでした。
暫くしてから、「そろそろ帰ろうか」と仰しゃるので、「それをお土産《みやげ》にしたらどうでしょう。」
「そんなら、もう少し足して」と、買い足して、経木《きょうぎ》に包んでくれたのを、ハンケチに包んで持ちました。
下駄は穿きよくなりますし、お兄様は物を仰しゃるし、何だか足も軽くてよい気持でした。帰りは土手の左手|遥《はる》かに火葬場の煙突が立っていますが、夜でなければ煙は見えません。お兄様の機嫌もよいようなので、
「さっきのあそこからは、向島の方は見えないようですよ。曇っているせいかしら。」
「見えないかも知れない、曲っているらしいから。今度は堀切《ほりきり》の辺へ行って見ようね。」
「私には歩けないでしょう。」
そんなことをいい合いました。
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