せん、お話する気もありませんから。家に不穏の空気が漲《みなぎ》る時は、誰も誰もつつましやかにしています。昔はそうしたことなどありませんかった。私は一人でそんなことを思っていました。
その時入口が開いて、女が急いで這入って来て、「団子坂の檀那様《だんなさま》がお見えになりました」といいます。びっくりして出ると、そこに軍服を著《き》たお兄様が、いつもの微笑をして立っていられます。
「来てくれたってね。失敬した。」
私はきまりが悪く、「さあどうぞ」と上っていただいて、床の前に座蒲団《ざぶとん》を直して、「あんまり御無沙汰《ごぶさた》をしていましたから」と、呟《つぶや》くようにいいながら、違棚《ちがいだな》にあった葉巻《はまき》の箱を下して前へ出しました。私の家では質素な生活はしていましたが、主人が嗜《たしな》むので、葉巻だけはいつもあるのでした。
何といい出したものかと胸騒ぎがします。あんな様子を見られて、さぞかしおいやだろうと思うのに、私の跡を追うようにしてお出《いで》になったのはと思うと、うっかり口も開かれません。いつもお忙しいのですし、私の方からはよく伺うのですから、お出になるの
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