いてほほえまれます。それから無銘ですが、鬼の面がありました。目に金が入れてあり、上手な作と見えて、物凄《ものすご》い様でした。どちらも黄楊らしく、よい艶《つや》に光っていました。
 珍しがっていたのは、三番叟《さんばそう》が烏帽子《えぼし》を被り鈴を持っているので、持って振りますと、象牙を入れた面から舌がちょいちょい出るのです。彩色した茶摘女《ちゃつみおんな》や、能人形も少しあり、金属や陶磁器のも一つ二つありました。

 しめやかな雨の降る日、朝書斎に這入《はい》ったままあまり静かなので、そっと二階へ上って覗《のぞ》きましたら、机の上へ薄羅紗《うすラシャ》の裂《きれ》を敷き、根附を全部出して順よく並べ、葉巻をくわえて楽しそうに見ています。「おや陳列会ですか」といいながらはいりますと、それを買った時、貰《もら》った時のことなどをぽつぽつ話します。それぞれに思い出があるのです。何か一品手に入りますと、また机の上の陳列会があるのでした。
 晩年あまり外出せぬようになってからは、楽しげに愛玩《あいがん》すると聞いて、知人が一つ二つ持って来て下さる事もありました。下さる人はそれほど目利《めきき》という訳でもありませんから、古くない慣れの少いのもあるので、絹の打紐《うちひも》を通して、中指にかけて握っているのを皆が笑いますと、自分も笑いながら、「名のある彫刻師で、いつも自作を一つ袂《たもと》に入れて、磨《みが》いていたのがあるというよ」といいます。
 いつか全部に紐をつける事にしました。それからは本や新聞を見る時も、紐を指にかけて握っているのでした。睡《ねむ》っている時も手から離しません。朝目が覚めて、「どこかへ行った」といいます。顔を洗いに立つと、蒲団《ふとん》の上に転がっていました。
 段々終りに近くなっては、一々品をいいますから、取りかえてあげます。見ないでも握り加減で分るのでした。やはり木魚とか種彫とか、握り工合のよいのを喜びました。「子犬」といわれて取ってあげるのは、草鞋《わらじ》に子犬が二つむつれている形でした。大きさも程《ほど》よく、ほんとに可愛らしいのでした。
 終ってからそれらの品々を皆集めて、柔い裂に包んで箱に入れ、仏の前に供えて置きました。納棺の時にと思いましたが、病理解剖にするのでしたから、いよいよ埋葬の時、一つ二つ手馴れたのを入れました。地下でも相変らず楽しんでいるかと思いまして。
 跡は親しい近親の人に形見として分けました。小さい男の孫は、「おじい様のようでしょう」と、赤い紐を指にかけて握って見るのでした。残して置いた幾つかは、小さい箱に入れたまま、惜しいことに戦災で失いました。
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   忠婢

 はつが始めて家へ来たのは、明治三十年頃でしたろうか。私の子供も長男に妹が二人で、皆まだ小さくて、手のかかる盛《さかり》でした。
 その頃のことですから雇人に不足はなくて、請宿《うけやど》へいって遣《や》りますと、すぐに人をよこしてくれます。或時頼んで遣ったら、そこの引手《ひきて》が三人の女を連れて来て、「どれでもお好きなのをお使い下さい」といったのには呆《あき》れました。まだ若かった私は、一目見たばかりの女たちを何ともいいようがなくて、「どうしましょう」と母に相談しましたら、「お前が若いのだから一番若いのにしたらよかろう」といわれたので、それに極《き》めました。そんなに手軽に雇っても、調べが行届いていて、割合に間違などはないのでした。その頃は曙町に住んでいましたので、請宿は白山《はくさん》坂の中途にありました。雇人|口入《くちいれ》業という札が出ていて、いつも人が集っているのでした。引手をする女は五十くらいだったでしょうか。額の抜け上った、小形の痩《や》せた女でした。ちょっと往来に出ても、その女が若い女を連れて歩いているのに出逢います。長くやっていて信用もありますし、この辺は邸《やしき》が多くて、どこでも人を置きますので、それで忙しいのでしょう。
 そんなに手軽には雇われますが、とかく出這入《ではい》りの多いのには困りました。少し落附いて子供を見てくれるような人があったらと心懸けていますと、森の於菟《おと》さんが里子に行っていた平野という家の老婆が世話好きで、田舎の方に心当りがあるというので頼んで置きましたら、或日のこと、三十近い女が大きな荷物を男に背負わせて来ました。背が高くて、丈夫そうで、丸髷《まるまげ》を綺麗《きれい》に結っていました。それがはつでした。顔の道具も大きく、がっしりしていて、頼もし気に見えます。夜具蒲団に大きな行李《こうり》、それに風呂敷包《ふろしきづつみ》も二つ三つという荷で、それを下した時は、「お嫁入のようだね」といったことでした。
 はつは早速そこらを片附け始めて、自分の家へ
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