が今度は根附になったので、その本の根附の処を頻《しきり》に見るのでした。
 日本に仏教が盛《さかん》になってから、仏像の彫刻をするために、優秀な技術の仏師が渡来して、その発達も目ざましく、相好《そうごう》の荒々しいのも柔和なのも、種々な傑作が今の世までも残されているのですが、それに由来して日本人独得な緻密の性能から、根附のような彫刻も始まり、江戸時代には隆盛を極めたようです。あたかも鎖国時代の事で、外国の影響は少しも蒙《こうむ》らないで発達しましたから、西欧人が珍重して研究するはずだと思います。
 根附は提物《さげもの》の根元に附けるために用いるので、昔の燧袋《ひうちぶくろ》から巾著《きんちゃく》、印籠《いんろう》、煙草入の類を帯と腰との間を、吊《つる》す紐《ひも》の端に取りつけたものです。『装剣奇賞』に、「佩垂《はいすい》の墜《つい》に用ゆ」とあります。
 形彫《かたぼり》根附といわれるのは、人物動物などを形のままに彫刻したもので、一番数が多いようです。饅頭《まんじゅう》根附といって、円形の扁平《へんぺい》なものもあり、また吸殻《すいがら》あけといって、字のように煙草の吸殻をあけるために作られたものもあります。黒塗の印籠、または金蒔絵《きんまきえ》をしたり種々手の込んだ優美な品につける根附は、高尚な趣味のものでなければならず、吸殻あけなどは簡単な人が持つのでしょう。紙巻煙草が盛んになるまでは、職人、農人などは掌《てのひら》にあけて上手にころがして吸付けたものでした。

 根附の材料は種々あるので、日本は良材が多いのですから、檜《ひのき》などよく使われましたが、その質が余り硬くないので、磨滅する虞《おそ》れがあります。宅にある根附の中に、笠《かさ》の上に何か動物のいるのがありましたが、すっかり減って形が分らぬ位になっていました。「これは珍しいから」と、大事にしていました。その道の人は減るのを慣れというそうで、これなどは慣れの甚しいのでしょう。
 そのために硬く粘り気のある黄楊《つげ》を用いるようになりましたが、産地によって硬軟の差があるようにも聞きました。また桜、黒檀《こくたん》、黒柿《くろがき》なども用いられ、胡桃《くるみ》なども多く使われます。これは種彫《たねぼり》といわれます。
 象牙は黄楊と共に、根附にはよく使われるので、支那、朝鮮からの輸入でしょう。琴柱《ことじ》にも使われましたが、三絃《さんげん》の盛んな頃はそれに使う撥《ばち》の需要が夥《おびただ》しいのでしたから、撥|落《おとし》が根附の材料に多く使われたのですが、低級の人が用いるので、名のある人たちが、皆良質の品を厳選したのは無論のことでしょう。いつどこで求めたのか、その三角落しの根附が一つありました。大分古びています。ならず者ででもありましょうか、裾《すそ》を帯に高々と挟んで、足を二本ずっと出しています。頭は月代《さかやき》が広く、あお向いた頸元《くびもと》に小さな髷《まげ》が捩《ねじ》れて附いていて、顔は口を開いてにこやかなのは、微酔《ほろよい》加減で小唄《こうた》でもうたっているのかと思われました。身を斜に片方の肩を少しあげているのが、三角をよく利用したものと思います。これも面白いと申しました。その象牙は大分黄ばんでいましたが、産地によるのか、採集時によるのでしょう。
 同じ象牙彫でも、山水の形を細かに彫って、立木があり家があり、よくもこんなにと思うようなのもあります。まさか天使でもないでしょうが、可愛らしい子供が、太った手足を出してしゃがみ、薄衣《うすぎぬ》らしいものを頭から被って、その襞《ひだ》が形よく柔かに垂れている純白の美しいのもありました。これなどは外人向きと見えますから、かなり新しいものでしょう。始めはこんな風のものも求めましたが、だんだん目が肥えて来て、古い木彫でなければというようになりました。

 根附は帯へ挟むためですから、滑りのよい形を選ぶので、昔は小さい瓢箪《ひょうたん》を使ったといわれます。ひどくひっかかりそうなのは好まないので、木魚《もくぎょ》などは多くもない採集の中にも三つ四つあったでしょう。その他|達磨《だるま》は、堆朱《ついしゅ》のも根来塗《ねごろぬり》のもありました。亀も形がよいと見えて、一つのも重ったのもあったようです。
 秘蔵したのは釣瓶《つるべ》の上に蛙《かえる》がいるのでした。正直《まさなお》という銘がありました、正直は何代かあったのですから、どれだか分りません。小金井は名のためではなくて、ただ気に入ったのを喜ぶのでした。また木彫のお福の面がありました。それには出目右満《でめうまん》とありました。右満は天下一ともいわれたのですから、真物などやたらに手には入らないでしょうが、その面のにこやかな面《おも》ざしは、見て
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