したが、すらりとした立姿、おすべらかしに緋《ひ》の袴《はかま》、宮中へ参内の時のお姿でしょう、お品がよくて立派なものでした。御主人が侏儒のお体に大礼服を召したのとお並びになったら、どんなでしたろうか。それはそれは大切な奥様でしたが、ふとした病気でお亡くなりになったのです。お医者もそれほどの大事とはいわなかったそうで、いよいよ御臨終という時傍らにいたお医者に大喝して、「帰れ」といわれたそうです。さぞかし残念に思召《おぼしめ》したでしょう。
 最初の奥様のお子に逸人《はやと》様という御養子をなすって、お孫様もありました。逸人様は地方のお勤めですが、御邸内に広いお家がありました。御上京の折のお住いです。
 お邸には若くて美しい御召仕《おめしつかい》がいまして、六つか七つくらいのお嬢様がありました。祖母などは、親しげにお名前を呼んで、お心やすくしていました。夕方お馬車の音を聞くと、そのお嬢様と御一緒に走り出てお迎えをします。お体が小さいので、馬丁が扉を開けてから、お下りにならなければお姿は見えません。往来の人は空《から》馬車が走ると思っていたといいます。
 始めて伺った時には、前日お客来だったそうで、床の間に皇后陛下(後の昭憲皇太后《しょうけんこうたいこう》)のお短冊が掛軸になって掛っていました。赤地に金箔を置いた短冊に、美しいお字で書かれていました。早速写しとりましたが、幾年か立つ内にその手帳を失い、お歌も忘れました。
 広いお座敷の襖《ふすま》が黒塗の縁で、浅葱色《あさぎいろ》の大きな紋形がぽつぽつあるのを、芝居で見る御殿のようだと思いました。お庭は広く、立樹も多くて、六番町の化物屋敷と人はいいました。きっと荒れた邸をお買いになったのでしょう。曲りくねったお廊下などがあって、隠れん坊をするに好いのです。小さいお嬢さんと夢中になって遊んでいると、お祖母様に叱《しか》られます。
「今日はお習字だよ」と仰しゃると、墨を磨《す》るお手伝をします。毛氈《もうせん》を敷き、太い筆を執っていろいろお書きになる時には、きっと一、二枚はいただきました。或人が、いただいたお短冊が百枚になったからと、それを版にしたのを幾冊か持って来たことがあり、その一冊もいただきましたが焼きました。
 仲秋の名月の頃、月見に連れて行こうと仰しゃって、お嬢さんとも御一緒にお供をしました。その時始めて馬車に乗りました。上野の八百善《やおぜん》へ行ったのでした。料亭も、その時始めてはいったのでした。樹が繁っていますから月はよく見えなくて、葉隠れに光が射《さ》すだけです。ただおずおずと珍しい御馳走《ごちそう》をいただいていました。お嬢さんは平気です。いつもお出《いで》になるのでしょう。
 或時宮内省からのお使が、女官のお手紙を持って来ました。中奉書《ちゅうぼうしょ》の二つ折に美しい散らし書《がき》で、なかなか読めません。
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ちか/″\くれのおめでたさ、どなたも同じ御事に悦入《よろこびいり》まゐらせ候。弥《いよいよ》御勝《おすぐれ》あそばし、寒さの御障《おさわ》り様もあらせられず、御さえ/″\敷《しく》入らせられ候御事、数々御めで度く、御よろこび申上げまゐらせ候。左様に候へば、此御まな料、まことに麁末《そまつ》の御事におはしまし候へども、歳末の御祝儀申上まゐらせ候しるしまでにさし上まゐらせ候。なほ幾久しくまん/\年までも相変らずといはひ入まゐらせ候、すゑながらどなた様にもよろしく御申伝へ戴《いただ》け候やう、ねがひ上まゐらせ候。御目録にて失礼の御事、よろしく御断《おことわり》申上まゐらせ候。めで度かしく。
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なほのことの外ひえ/″\しく、随分御自愛遊ばし候やう、ねがひ上まゐらせ候。なほ又新年に相成候はゞ、不調法の詠草|伺《うかがい》申上度、よろしくねがひ上まゐらせ候。めで度かしく
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[#地から3字上げ]直子
    福羽美静様人々
 福羽氏は御覧になると、御自分のお名前の肩へ墨を引いて私に下さいました。御覧になった印でしょう。珍しいお手紙と、取って置きましたのが残っています。
 その内に新しい奥様を、お国許《くにもと》からお迎えになりました。これということもない、おとなしやかなお方でした。種々の先生が来られます。お花、お茶、お香、双六《すごろく》の先生などまで来られます。地方出の奥様に、子爵夫人としての教養をお附けになるのでしょう。若いお召仕は、その頃は見えませんかった。種々の人が出入するので、或時お妹さんと仰しゃる方にお目にかかりました。白髪まじりの大がらなお方でした。福羽氏は指さして、「これは、かわ女房だよ」と仰しゃいました。何のことか分りませんかったが、若いという反対の方言かと思われます。そのお連合《つれ
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