んでいるのですから、ちょいちょい立止ります。
「簪《かんざし》かい、玩具《おもちゃ》かい」と、足を止められますので、入らないといっては悪いと気が附いて、小さなお茶道具を一揃い買ってもらいました。
「もっと何か」とおっしゃいます。
「また何か私の読める本でも買っていただきましょう。」
「うん、それもよかろう。今度は皆のお土産だ。」
 雷おこしや紅梅焼《こうばいやき》の大きな包が出来ました。
 雷門から車に乗って帰りましたら、まだ時間は早いのでした。祖母様はにこにこして、「まあ、こんなに沢山お土産を。お前は何を買っていただいたの。」
 そして私の出した包を拡げて見て、「これはこれは、見事なものだね。お雛様のお道具になるね。大事におしよ」とおっしゃいます。
 兄様が傍から、「こいつはほんとにしようのない奴だ。遠慮ばかりして、何も入らないというのだもの」といわれます。
「それで写真はどうだったの」と母が聞かれます。
「写しましたけれど、どんなだか。」
 幾日か過ぎて届いた手札形の写真は、泣出しそうな顔をしていました。
「どうしてこんな顔をしているのだろう」といわれて、「だって私、ひとりで心細かったの。」
 兄はこれを聞いて、「では、己《おれ》のせいだったかな」と笑っていられました。
 その写真が今あったらと、昔がなつかしく忍ばれます。
[#改ページ]

   垂氷

 知人が持って来てくれた菖蒲の花を見て、遠い昔|向島《むこうじま》の屋敷の隅にあった菖蒲畑を思出しました。そこは湿地のためか育ちがよくて、すくすくと伸びますので、御節供《おせっく》の檐《のき》に葺《ふ》くといって、近所の人が貰《もら》いに来るのでした。根を抜くと、白い色に赤味を帯びていて、よい香がします。花は白、紫、絞《しぼり》などが咲交《さきまじ》っていて綺麗でした。始めに咲いて凋《しぼ》んだのを取集めると、掌《てのひら》に余るほどあります。畑はかなり広いのでしたから、それを取って染物をするのだなどといって、そこらを汚しては叱《しか》られたものでした。菖蒲じめという料理があります。ほのかな匂《におい》をなつかしむのです。
 菖蒲畑の側にある木戸から、地境《じざかい》にある井戸まで、低い四《よ》つ目垣《めがき》に美男葛《びなんかずら》が冬枯もしないで茂っていました。葉は厚く光っており、夏の末に咲く花は五味子《ご
前へ 次へ
全146ページ中38ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小金井 喜美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング