、すぐに銜《くわ》えて這入りました。それが面白いので、毎日|極《き》まって遣りますと、時刻が来ると親雀の方で、軒先にいて私を待つようになりました。それが幾日も続きました。
 或日|軒端《のきば》にけたたましい音がするので、何事かと思って見上げましたら、親雀が気が狂ったかのように羽ばたきして、くるくる廻ります。ただ事ではないと思って、書生さんを呼びました。「きっと蛇です」といいます。「いつ来たのでしょう」「どこにいるの」「早く追って」などといいますと、書生さんは田舎から来て、蛇などには馴れていると見えて、短い棒を手にして梯子《はしご》を登って行って、樋《とい》の中にすっかり嵌《は》まって巣を狙《ねら》って、逃げようともしない蛇を、やっと追立ててくれました。蛇が動き出して、客間の軒へ移りましたので、棒を入れて撥《は》ねましたら、ばたりと庭へ落ちました。それは一間足らずの青大将だったのです。
「殺しましょうか」と書生さんがいいます。
「田圃の方へでもお逃しなさい」と、蛇の大嫌いなお母様は、もう奥へお這入りです。
 蛇は庭を横切って裏の方へ行きますから、裏門を開けて見ていました。蛇がずるずるとそこの溝川《どぶがわ》へ這入ったかと思うと、今まではそれほどいようと思わなかった蛙が一度にがあがあ鳴出して、潜《もぐ》るのもあれば、足を伸して泳ぐのもあり、道へ飛上るのもあって、大騒ぎです。蛇は勢よく鎌首《かまくび》を立て、赤い舌を吐いてあちこちします。その気味の悪いこと。その辺の子供たちや、通りがかりの人が立止って見ています。蛇は蛙を追い追い水を伝わって遠退《とおの》きます。大勢の人たちもそれに連れてぞろぞろ行ってしまいました。
 明治天皇の東北御巡幸の時は、千住方面から御出発でした。広くもない往来は、朝の内から厳重な警戒です。千住まで皇后陛下の御見送りがありました。それで学校はお休みだったのでしょう、私は通りへ出て、橘井堂医院の大きな招牌《かんばん》の蔭から覗《のぞ》いて見ました。そこらの人たちが並んでいます。赤筋の這入った服の騎兵が、鎗《やり》を立てて御馬車の前後を警固して行きます。騎兵の人々に遮《さえぎ》られて、よく拝されません。やがて皇后陛下の御馬車が近づきました。折よく辺りに人もいませんかったので、御馬車の中も幾分見えました。御《お》すべらかしのお髪《ぐし》、白衿《しろえり
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