内にあまり人が集って、苦しくなったので抜けて出ました。
 近くの居合抜《いあいぬき》に、大勢人がたかっています。鳩の餌を売るお婆さんの店が並んでいて、その上の素焼の小皿に、豆や玄米が少しずつ入れてあるので、その上へ鳩が来ると、短い棒でそっと追います。買ってもらって、人通《ひとどおり》の少い方へ蒔《ま》きますと、山門の上から見下していた鳩が、一度にぱっと羽音を立てて下りて来て、人に踏まれそうな処まで集ります。やっと歩く位の子供が、よちよち手を拡げて追っても平気です。すぐに食べ終えてまた舞上ります。誰もが少しずつ遣るものですから、参詣《さんけい》の多い日の夕方などには、もう下りて来ないとのことでした。
 お堂の左手に淡島様《あわしまさま》があります。小さな池に石橋が掛っていて、それを渡る時には、池の岩の上にいつも亀が甲を干していました。お堂の中には、小指の先ほどの括《くく》り猿《ざる》や、千代紙で折った、これも小さな折鶴《おりづる》を繋《つな》いだのが、幾つともなく天井から下っています。何を願うのでしょうか。
 淡島様の裏の方に、真白な毛色の馬が狭い処に入れられて、「御神馬《ごしんめ》」という札が掛けてあります。格子の前に、鳩のよりは少し大きい位の皿に餌が入れてありますが、遣る人はないようです。それを可哀そうに思いました。
 反対側に写真師の江崎があります。随分古くからそこにいるのだそうで、家内|揃《そろ》ってよく写しに行きました。そこらあたりには楊枝店《ようじみせ》が並んでいます。
 見世物小屋《みせものごや》のある方へ行って、招牌《かんばん》を見て歩きます。竹の梯子《はしご》に抜身《ぬきみ》の刀を幾段も横に渡したのに、綺麗な娘の上るのや、水芸《みずげい》でしょう、上下《かみしも》を著《き》た人が、拍子木でそこらを打つと、どこからでも水の高く上るのがあります。犬や猿の芸をするのもあったようです。尤《もっと》も一々這入ったのではありません。中の見物席は、ただ地面に筵が敷いてあるだけとか聞きました。その裏手は一面の田圃でした。新|花屋敷《はなやしき》が出来て、いろいろの動物が来たり、菊人形が呼び物になったのは、ずっと後のことです。一廻りしますと仲見世へ出ます。仁王門《におうもん》から広小路《ひろこうじ》まで、小さな店がぎっしりと並んでいます。大方|玩具屋《おもちゃや》です
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