の瞳をここに集め、ともに耳を傾けたまま、また一言を発する者すら無かったのである。
 受話器を耳にしたる一技師は、須臾《しゅゆ》にしてその顔色土のごとく、答うる口さえ慄いがちとなった、様子如何にと待ち構えたる聴衆は、非常信号の内容を聞くべく、再び喧擾し始めたが、突如として壇上に現れたる、老博士を見るや、期したるがごとく静まり返った。
 老博士は信号技師に依って報告せられたる、所謂《いわゆる》最後の通告を彼らに向って与えんとして、しかも幾度か躊躇したのである、けれどもこの場合となって、もはや一刻も猶予することは出来ぬ、彼は実に畢生《ひっせい》の勇気を鼓して、おもむろに宣告した。
「敬愛なる満場の諸君子、予はここに終に悲むべき結果を諸君に報告せざるを得ぬ、不運なる場合に立ち至った、只今大天文台よりの非常信号は、月の軌道が俄然地球に接近したという一事である、これ正しく地球の滅亡を意味すべきものだ、吾々はもはや最後の手段を採るの外、何らの策をも知らないのである、過日来の同盟会議が、殆ど無用に属し、一の得る所もなかったのは、予の衷心悲む所である、ああ敬愛なる諸君、諸君は各自自由の行動を採り給え、吾
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