くも壇上に現われた、彼は年なお壮、風貌甚だ揚れる一紳士である、聴衆は彼を見るや、等しく青二才めと冷笑して、もはやその説に耳を借《か》そうともせず、知らぬ振りして他を向くのであった。
 されど青年物理学者は、至って沈痛なる語気を以て、
「諸君、予はここに諸君の賛成を得たき一の提案を有っておるのである、そは別事にあらず、空間のエーテルを利用して、一の新案飛行器を造出し、以て他の新世界に進むのである、しかしながらかくのごとき試験は、往古より未だ何人も行わなかったのであるから、あるいは不成功に終るかも知れぬ、ただ吾々は諸君が何物よりも貴重する身体を安全に他界に移し得らるるかとも信ずるのだ」
 と彼は熱誠を以て説いた、聴衆はあたかも暗中に一閃光を認めたかのごとくに、気早やなる連中は、
「実行実行!」
 と絶叫したのであるが、さらに一人の空想家はこの言を遮って、
「僕はさらにより以上の名案を有するのである、諸君乞う意を安んぜよ、吾らは過去の時代に於て、かの彗星なる奴が、しばしば地球に衝突すべく、全世界の人民に、大なる恐怖心を有たせた事を熟知している、この彗星たるや、本来は太陽系に属する物にも拘《かかわ》らず、彼の軌道が放物線をしておるので、どこへ行くやらも解らぬ、故に吾々はまず何とかして彗星迄行って、それから先き、他の世界へ飛び移ろうではないか、これ彗星が久しき間、吾々から厄介者にされていた酬《むくい》故、彼も必ず好意を以て応援してくれるに相違ない」
 と彼は滔々として、自己の想像説を弁じ立てたが、殺気立てる聴衆は、却って大いに憤慨して、この空想家を演壇から撃退して仕舞った。
 するとさらにこれに代って立ち現れたる一人は、大声疾呼「驚くなかれ諸君よ」の冒頭を以て、まず聴衆の鼓膜を破ったのである、彼は狂せんとする人々を押し静めて、さて説いて曰く、
「諸君! 君らは何の故を以て、物々しく悲観し給うか、僕は寧《むし》ろ諸君の迂《う》を笑いたいと思う、かくいわば君達は例に依って僕を攻撃なさるかと存ずるが、僕はまた僕だけに自信がある、君達も疾《とっ》くに御承知であろう、かのアルキメヂスという男は、槓杆《てこ》を以て地球を動かすと断言したではないか、しかもそれは遠い昔しの事だ、昔しの人でさえ地球を動かすといったのに、今文明の恵みの光に浴する僕らが力を以てするからには、ただに地球を動かすに止
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