中 滅亡時に処すべき覚悟

 今や同盟会員は、祖先以来永住の地球を見捨てて、さらに別世界に移住すべく余儀なくされたのである、しかもこの事たる、頗《すこぶ》る難事業で、到底軽々しく決行し得らるる問題ではない、されば聴衆の内には、すでに「無為にして滅ぶ」「吾らはただにその生命ばかりでなく、祖国否天賦の大塊をも破滅せらるるのか」などという、絶望的の歎声さえ起って、さしもに広い大会堂も、殆ど暗澹たる憂愁の雲に被われて仕舞った。
 この時、この有様を見るに見兼《みか》ねて、猛然として演壇に起ったのは、齢《よわい》七十に余る老ドクトルである、彼は打ち凋《しお》れたる聴衆の精神に、一道の活気を与えんがために、愁いを包んで却って呵々大笑し、まず彼らの視線をそこに集め、おもむろに口を開いていった。
「満堂の諸君! 卿らは何故にさる失望落胆の声を発するか、予は頗る不思議に思う、そもそも人類には霊魂と称する不死不滅のものがある、試みに気息ある人の体量と、死せる者の体量と比較し見よ、彼に比してこれの甚だ軽き所以《ゆえん》は、元より体中に存在せる空気の量にも依るであろう、しかしそれにしてもなお吾々の智識を以て、とても計り知る事の出来ぬ多大の重量があり、久しく医界の疑問となっていたのである、しかるに何ぞ知らんや、この不可解の重量こそ、正しく霊魂その者の目方たること、漸《ようや》く千九百〇六年の最近に於て、しかく断定せられたのである。
 これに依って思うに、よしや太陽系統は一時滅亡の悲境に立ち至るとも、吾々の霊魂なる者は、決して運命をそれと一にすべきものではなく、必ず他の世界に飛行して、再び活動の端を開く、五尺の肉体何の惜しからむや」
 と、彼は滔々《とうとう》万言、聴衆に大なる慰安を与えようとした、けれどもこの提案は、何人も歓迎しなかった、即ち彼らの多くは、皆口々にいって曰く。
「老ドクトル閣下、吾々は今や父祖累代の財宝金銀、あらゆる物をば、全く土芥のごとくに放擲《ほうてき》したのである。今やこの五尺の体躯こそ、最も貴重すべき宝となったではないか、それをも棄てさするに至っては……ああ、天地一の善神さえ無いのか!」
 この一言は、全く聴衆全体の声であった、しかり悲しき響きであったのだ、時に今迄は、ただ片隅に、熱心に各議員の説をきいていた一人の物理学者は、聴衆の悲痛を見かねて、雄々し
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