らず、進んでこれを太陽系統以外に運搬することは、さのみ困難ではなかろうと考える」
 聴衆はこの言を冷笑裡に葬った、否彼らは、悲憤して叫んだのである。
「馬鹿野郎、吾らはそんな世迷言にかす耳を有たぬぞ、こうなった上は一寸の光陰も軽んずべからずだ、愚図《ぐず》愚図《ぐず》すれば撲《ぶ》ち殺されるぞ、生命が惜しくば早く下れ下れ!」
 彼らは全く狂気の沙汰である。されどこれを物ともせず、大勇猛心を起して彼はいった。
「叱々《しっしっ》! 静聴し給え諸君、万一僕の企てが成功したらどうせられる、僕は今やここに救世主の資格を以て、諸君を瀕死の境より救い出そうと欲するのである」
 この時大天文台からは、非常信号が掛かって、会堂の一隅に置かれたる大鐘は、物凄い音響《ひびき》[#ルビの「ひびき」は底本では「ひぴき」]を以て、聴衆の耳朶《じだ》を烈しく打った。

    下 地球遂に滅亡す

 新世界建設同盟会員は、今や甲論乙駁に、貴重の時間を空費して、何らの希望を認むる能わず、ただ人々の神経が、殆ど沸騰点に上ったに過ぎぬ時その時、大天文台より急報じたる非常信号は、そも何事なるか、満堂千万の聴衆は、等しくその瞳をここに集め、ともに耳を傾けたまま、また一言を発する者すら無かったのである。
 受話器を耳にしたる一技師は、須臾《しゅゆ》にしてその顔色土のごとく、答うる口さえ慄いがちとなった、様子如何にと待ち構えたる聴衆は、非常信号の内容を聞くべく、再び喧擾し始めたが、突如として壇上に現れたる、老博士を見るや、期したるがごとく静まり返った。
 老博士は信号技師に依って報告せられたる、所謂《いわゆる》最後の通告を彼らに向って与えんとして、しかも幾度か躊躇したのである、けれどもこの場合となって、もはや一刻も猶予することは出来ぬ、彼は実に畢生《ひっせい》の勇気を鼓して、おもむろに宣告した。
「敬愛なる満場の諸君子、予はここに終に悲むべき結果を諸君に報告せざるを得ぬ、不運なる場合に立ち至った、只今大天文台よりの非常信号は、月の軌道が俄然地球に接近したという一事である、これ正しく地球の滅亡を意味すべきものだ、吾々はもはや最後の手段を採るの外、何らの策をも知らないのである、過日来の同盟会議が、殆ど無用に属し、一の得る所もなかったのは、予の衷心悲む所である、ああ敬愛なる諸君、諸君は各自自由の行動を採り給え、吾
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