極めたるもの少からず。土噐《どき》の形状|紋樣《もんよう》に至つては多言《たげん》を要せず、實物《じつぶつ》を見たる人は更《さら》なり、第七回の挿圖《さしづ》のみを見たる人も、未開《みかい》の人民が如何にして斯《か》く迄に美事《みごと》なるものを作り出せしかと意外《いぐわい》の感を抱《いだ》くならん。今回の挿圖中右の上の隅《すみ》の三個と右の下の隅の一|個《こ》との他、周圍《しうゐ》に寫したるものは總て土器の把手《とつて》なり。其|形《かたち》其|紋《もん》實に名状《めふでう》すべからず。コロボックル美術《びじゆつ》の標本《ひようほん》たるの價値《かちよく》[#「價値《かちよく》」はママ]充分なりと云ふべし。右の下の隅に圖《づ》したるは土瓶形《どびんかた》土器の横口《よこくち》にして。模樣《もよう》は赤色の繪《ゑ》の具《ぐ》を以て畫《ゑが》きたり。右の上の三個は、土器|表面《ひやうめん》に在る押紋を其|原《もと》に還したるものにして、取《と》りも直さず紐《ひも》細工の裝飾なり。土偶《どぐう》に由りて想像《そう/″\》さるる衣服《いふく》の紋樣も此の如くにして縫《ぬ》ひ付けられしものなるべし。(第二回の挿圖を見よ。)此他土版と云ひ諸種《しよしゆ》の裝飾品《そうしよくひん》と云ひ美術思想發動《びじゆつしそうはつどう》の結果《けつくわ》を見るべきもの少しとせざるなり
○分業
石器は何石を以ても隨意《ずゐゐ》に造《つく》るを得と云ふものに非ず。土器も亦|何《いづ》れの土《つち》にても造《つく》るを得と云ふものに非《あら》ず。且つ石器を造るには夫々の道具《どうぐ》有るべく、土器《どき》を作《つく》るに於ては之を燒《や》く塲所《ばしよ》を要《やう》す。去れば適當《てきとう》の原料と製造所《せいぞうしよ》及び製造器具を手近に有する者は必要《ひつやう》の品を造《つく》るの序、余分の品をも造り置《お》く事《こと》有《あ》る可く、是《これ》に反《はん》して以上の便宜無き者は、必要の品《しな》さへも造る事《こと》能《あた》はざる事有らん。或る者は漁業に巧にして或る者は鳥獸捕獲に巧に、或る者は織《お》り物《もの》に妙《めう》を得、或る者は籠細工《かごさいく》を得意《とくゐ》とすと云ふが如き事はコロボックル社會《しやくわい》に有《あ》りし事《こと》なるべし。斯かる塲合《ばあひ》に於ては、石器製造を好《この》む者《もの》は多くの石器を造《つく》り、土器製造《どきせいぞう》を好《この》む者《もの》は多くの土器《どき》を造《つく》り互に余分の品を交換《こうかん》すると云ふか如き事《こと》も有《あ》りさうなる事《こと》ならずや。余《よ》は固よりコロボックル中に斯く斯くの職業《しよくげふ》有《あ》り、何々の專門《せんもん》有《あ》り抔との事は主張《しゆちやう》せざれど、上來述べ來《きた》りし程の知識《ちしき》有る人民中《じんみんちう》には多少の分業は存せざるを得ずと思考《しこう》するなり。
○貿易
アイヌの口碑に由ればコロボックルはアイヌと物品交換《ぶつぴんこうくわん》をせしなり。コロボックルの方より持《も》ち來《きた》りし品《しな》は何かと云ふに、或る所《ところ》にては魚類《ぎよるい》なりと云ひ或《あ》る所《ところ》にては土器《どき》なりと云ふ。恐《おそ》らく兩方《りやうほう》ならん。交換《こうくわん》の方法コロボックル先づ何品かを携《たづさ》へ來《きた》りアイヌの小家の入《い》り口又は窓《まど》の前《まへ》に進み此所にてアイヌの方より出す相當《そうとう》の品《しな》と引き換《か》へにせしものなりとぞ。斯く入り口又は窓《まど》を隔《へだ》てて品物の遣《や》り取《と》りを爲《な》せしは同類《どうるい》の間ならざるが故《ゆえ》ならん。コロボックル同志《どうし》ならば親《した》しく相對して事《こと》を辨《べん》ぜしなるべし。余は不足《ふそく》の品《しな》と余分の品《しな》との直接交換《ちよくせつこうくわん》のみならず、必要以外の品と雖も後日《ごじつ》の用《よう》を考へて取り換へ置く事も有りしならんと思惟するなり、斯かる塲合《ばあい》に於ては美麗《びれい》なる石斧石鏃類は幾分か交換の媒《なかだち》の用を爲せしならん。[#地から1字上げ](未完)
[#改段]
●コロボックル風俗考 第十回(挿圖參看)
[#地から1字上げ]理學士 坪井正五郎
○交通
石器時代遺跡は琉球より千島に至るまで日本諸地方に散在《さんざい》する事挿圖中に示《しめ》すが如くなるが、是等は恐《おそ》らく同一人民の手に成りしものなる可し。各遺跡を一々|檢査《けんさ》し相互に比較《ひかく》したりとは斷言《だんげん》し難けれど、日本諸地方の石器時代遺跡中には互に異《ことな》
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