》り、矢の一端を弦の中程《なかほど》に當《あ》てて右手の指にて摘《つま》まむと云ふは何所も同じ事なれど、摘《つま》み方に於ては諸地方住民種々異同有り。未開人民に普通なるは、握《にぎ》り拳《こぶし》を作《つく》り、人差し指第二關節の角の側面と拇指の腹面との間《あひだ》に矢《や》の一端と弓弦とを挾《はさ》む方法《はう/\》なり。コロボックルも恐くは此方を採《と》りしならん。鳥類ならば一發の石鏃の爲に斃《たほ》るることも有るべけれど、鹿《しか》猪《しし》の如き獸類《じうるゐ》は中々彼樣の法にて死すべきにあらず。思ふにコロボックルは數人連合し互に相《あひ》助《たす》けて獸獵に從事し、此所彼所《ここかしこ》より多くの矢を射掛《ゐか》け、鹿なり猪なり勢|衰《おとろ》へて充分《じうぶん》に走《はし》る事能はざるに至るを見濟《みす》まし、各自棍棒石斧抔を手にして獸に近寄《ちかよ》り之を捕獲《ほくわく》せしならん。
鳥類の捕獲には一端に石或は角の小片を結《むす》び付《つ》けたる紐《ひも》の、長さ二三尺位のもの數本を作り之を他の端に於て一束《ひとつか》ねに括《くく》りたるものを用ゐし事も有りしならん。そはエスキモーが斯かる事を爲す時に用ゐる錘《おも》りと好《よ》く似《に》たる石片角片の遺跡《ゐせき》より發見さるるに由りて推考《すいかう》せらるるなり。此|捕鳥器《ほてうき》の用ゐ方は先づ束《つか》ね有る方を握《にぎ》り、錘《おも》りの方を下に垂《た》れ、手を中心として錘りを振り廻らすなり。斯くする事數回に及《およ》べば、各の紐夫々に延びて、全体の形、恰《あたか》も車輪《しやりん》の如くに成《な》りて勢好く廻轉す。斯く爲しつつ空中の鳥を目掛けて投《な》げる時は、網《あみ》を以て之を覆《おほ》ふと同樣、翼を抑《おさ》へ体を締《し》め付《つ》け鳥をして飛揚《ひやう》する事を得ざらしむ。斯くて鳥の地に落ちたる時は、捕鳥者は直ちに其塲に駈《か》け付《つ》け獲物を抑《おさ》へ紐《ひも》を解《と》くなり。石鏃と違《ちが》ひて此道具は幾度にても用ゐる事を得。
    ○他の食料採集
貝類は磯《いそ》にて集むる事も有り、干潟《ひかた》にて拾《ひろ》ふ事も有り、時としては深く水を潜《くぐ》りて取《と》る事《こと》も有りしならん。あはびを岩より離すには骨製の篦《へら》或は角製の細棒《ほそぼう》抔を使ひし事も有るべけれど、他の貝類を採集《さいしう》するには、袋或は籠《かご》の如き入れ物さへ有れば事足りしならん。袋には粗布《そふ》を縫《ぬ》ひ合《あ》はせ作りしも有るべく、目を細《ほそ》くせし網も有るべし。コロボックルが粗布をも作り網をも作《つく》りし事は、前にも述《の》べ置《お》きし通り慥《たしか》なる證有る事なり。籠の事も既に記せし故此所には再説せず。
植物性食物採集の爲には諸種《しよしゆ》の石器及び入れ物を要せしなるべけれど、何物《なにもの》の如何なる部分が食料《しよくれう》に撰まれしや詳ならざるを以て、精細《せいさい》には記し難し。
    ○製造
コロボックルの知《し》り居りし製造業《せいぞうげう》を列擧《れつきよ》すれは左の如し。
石器製造。(第六回、打製《うちせい》類及び磨《みかき》製類|考説《こうせつ》の末文等を見よ。)
骨器製造。(第七回、角器《かくき》牙器考説の終りを見よ。)
角器製造。(同前。)
牙器製造。(同前。)
土器製造。(第七回、容器考説《ようきかうせつ》の中程《なかほど》を見よ。)
貝器製造。(第七回、貝殼器《かいがらき》考説の末を見よ。)
籠類製造。(第七回、植物《ちよくぶつ》質器具考説を見よ。)
網代類製造。(同前。)
席類製造。(同前。)
糸紐製造。(同前。又同回、糸掛《いとか》け石《いし》の條を見よ。)
布類製造。(同前。又第二回、衣服原料《いふくげんれう》の條を見よ。)
此他|漆液《しつえき》の類、繪の具の類を造《つく》りし證跡《せうせき》有り。(第六回、打製類の條《くだり》及び第八回、貝殼器の條を見よ。)繪具の原料と思《おも》はるる赤色《あかいろ》物質の塊《かたま》り、及び之を打ち碎《くだ》くに用ゐしならんと考へらるる扁平石《へんぺいせき》(縁《ゑん》部に赤色料付着す)は遺跡《いせき》より發見《はつけん》されし事有るなり。コロボックルは又|丸木舟《まるきふね》を始として種々《しゆ/\》の木具をも製作《せいさく》せしならん。
    ○美術
磨製石斧《ませいいしおの》の中には石材の撰擇《せんたく》、形状の意匠《いせう》、明かに美術思想《びじゆつしそう》の發達《はつたつ》を示すもの有り、石鏃《せきぞく》中にも亦實用のみを目的《もくてき》とせずして色《いろ》と云《い》[#ルビの「い」は底本では「いヽ」]ひ形《かたち》と云ひ實《じつ》に美を
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