》を考ふに付きて深き據とは爲すべからず
土器《どき》の形状《けいじよう》の爲に種々の意匠《いせう》を廻らし、土器の紋樣の爲に幾多《いくた》の圖案を工夫《くふう》せしが如《ごと》きは土器|製造者《せいざうしや》の心中餘裕有りしを知るに足るべく、土器|使用者《しやうしや》の性質|寧《むしろ》沈着《ちんちやく》なりしを察するに足るべし。余はコロボックルは温和《おんわ》なる生活《せいくわつ》を爲せし者と考ふ
彼等《かれら》は朝《あさ》起《を》きて先づ火焚き塲の火を熾《さかん》にし、食物調理《しよくもつてうり》を爲し、飮食《いんしよく》を終りたる後は、或は食物|原料採集《げんれうさいしう》に出掛け、或は器具製造に從事《じうじ》し、日中の時《とき》を費《つひや》したる後、各※[#二の字点、1−2−22]又我が火焚き塲の傍に集《あつま》り座して且つ談《だん》じ且つ食《くら》ひ、飽《あ》けば即ち横臥《わうぐわ》して漁獵の夢抔を結《むし》びしならん。
男の仕事《しごと》は鳥獸魚《ちようじゆうぎよ》の捕獲《ほくわく》、住居《じうきよ》の建築《けんちく》、石器《せきき》の製造《せいざう》、舟の製造、發火等を主《しゆ》とし、女《をんな》の仕事は植物性《しよくもつせい》食物原料及び貝類の採集、編《あ》み物、織り物《もの》、紐類、土噐の製造、調理《てうり》、小兒|保育等《ほいくとう》を主とせしなり
    ●漁業
遺跡よりは角製の釣《つ》り針《はり》の出でし事あり(第七回參照)。土器押紋中には慥《たしか》に網の痕《あと》有るもの有り。切り目有る扁平石噐中には網の錘《おも》りと思はるるもの有り。貝塚より魚骨魚鱗の出づる傍《かたは》ら是等遺物の存在《そんざい》するは實にコロボックル漁業《ぎよげふ》の法を明示するものと云ふべきなり。釣り竿の有無《ゆうむ》は考へ難《かた》けれど、網《あみ》は恐《おそ》らく曳《ひ》き網《あみ》なりしならんと思はる。是等の他にも大魚を捕ふる法有りしなり。此事は常陸椎塚より發見《はつけん》されたる大鯛《おほだい》の頭骨に骨器の刺《さ》さり在りし事に由つて知られたり。骨器、牙噐、石噐中には其形状如何にも銛《もり》の如くに見ゆるもの有《あ》る上に、斯かる證據物さへ出でたる事なれば大魚《たいぎよ》を漁《れう》する爲に銛《もり》の用ゐられし事何の疑か有らん。銛は鋭《するど》き尖端《せんたん》と槍の如き柄《え》とより成る物なるが魚の力|強《つよ》き時は假令《たとへ》骨に刺《さ》さりたるも其儘《そのまま》にて水中深く入る事も有るべく、又漁夫が誤《あやま》つて此道具を流《なが》す事も有るべし。コロボックルは如何《いか》にして之を防《ふせ》ぎしか。余は彼等はエスキモーが爲す如く、銛《もり》に長き紐《ひも》を付け其|端《はし》に獸類《ぢうるい》の膀胱抔《ばうくわうなど》にて作りたる浮《う》き袋《ふくろ》を括《くく》り付《つ》け置きしならんと考ふるなり。エスキモーは斯かる浮き袋に息《いき》を吹き込み、且つ其氣の漏《も》るるを防《ふせ》ぐ爲に栓を爲るの便を謀《はか》りて、角製の管《くだ》を是に付け置く事なるが是と等しき物武藏西ヶ原貝塚及び下總柏井貝塚より出でたり。余はコロボックルの遺物《いぶつ》たる是等の角噐は實《じつ》に浮《う》き袋《ぶくろ》の口として用ゐられしならんと信《しん》ずるなり。圖に示《しめ》す物は余が西ヶ原に於て發見《はつけん》せし所なり。網形の押紋有る土噐片、骨器の刺《さ》さりたる大鯛《おほだい》の頭骨、浮き袋の口と思《おも》はるる角製の管、皆《みな》人類學教室《じんるゐがくけうしつ》の藏品《ざうひん》なり。
コロボックルが漁業《ぎよげふ》に巧《たく》みなりしとの事はアイヌ間の口碑《こうひ》にも存せり。既《すで》に漁業に巧《たく》みなりと云へば舟の類の存《そん》せし事|推知《すいち》すべき事なるが、アイヌは又此事に付きても言ひ傳へを有せり(後回に細説《さいせつ》すべし)[#地から2字上げ](未完)
[#改段]

     ●コロボックル風俗考 第九回(挿圖參看)
[#地から1字上げ]理學士 坪井正五郎
    ○鳥獸捕獲
貝塚の貝殼層中には鳥骨《てうこつ》有り獸骨《じうこつ》有り、コロボックルが鳥獸の肉《にく》を食《しよく》とせし事は明かなるが、如何なる方法を以て是等を捕獲《ほくわく》せしならんか。或は棒《ぼう》を以て打ち、或は石《いし》を投《な》げ付《つ》けし事も有るべけれど、弓矢《ゆみや》の力を藉《か》りし事蓋し多かりしならん。石鏃の事は既に云へり、其山中にて單獨《だんどく》に發見《はつけん》さるる事有るは射損《いそん》じたるものの遺《のこ》れるに由るならんとの事も既に云へり。新に述ぶべきは弓矢の用《もち》ゐ方なり。弓柄を左手に握《にぎ
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