の事は口碑に存せず。然れども諸地方發見の土偶中には耳の部分に前後に通ずる孔を穿ちたるもの往々存在するを以て見れば、耳飾の行はれたる事は疑ふべからず。凡諸人種間に行はるる耳飾には二種の別有り。第一種は耳に穿ちたる孔に緩く下ぐる輪形の物。第二種は耳に穿ちたる孔に固く挾む[#「挾む」は底本では「狹む」]棒形或はリウゴ形の物なり。土偶の耳の部には元來動き易き摸造の耳輪着け有りしものの如く、實際に於ても恐くは獸の皮、植物の線緯等にて作れる輪形の耳飾用ゐらしれ[#「用ゐらしれ」はママ]ならん。第二種の耳飾も存在せしやに考へらるれど未だ確言するを得ず。想像圖中には輪形の耳飾のみを畫きたり。
唇飾[#「唇飾」に白丸傍点] 土偶中には口の兩端に三角形のものを畫きたる有り。又口の周圍に環點を付けしもの有り。或る者は入れ墨なるも知るべからず、或る者は覆面の模樣なるも知るべからずと雖も、余は是等の中には唇飾も有るならんと考ふ。唇飾とは口の周邊に孔を穿ちて是に固く挾む所の棒形或はリウゴ形の裝飾なり。耳飾も唇飾も身体を傷くるに於ては同等なる弊風なり。されど甲は其分布甚だ廣くして、自ら開化人なりと稱する人々の中にさへ盛に行はれ、乙は其分布割り合に狹くして、發達したる社會に於ては跟跡だに見ざるが故に、古代の石器時代人民が耳輪を用ゐたりとの事を信ずる人も或は唇飾の事を疑はん。實に唇飾は耳輪よりも不便にして着け惡き物たるに相違無し。然れども習慣と成れば彼の支那婦人の小足の如き事も有るものにて、口の兩端或は周圍に孔を穿ちて唇飾を着くる風は現にエスキモ、チクチ、其他アメリカ、アフリカの諸土人中に行はれ居るなり。高橋鑛吉氏が宇都宮近傍に於て獲られたる土製の小さきリウゴ形の物は其形其大さ誠に好く現行の唇飾に似たり。物質は異れど此物の用は恐く唇飾ならん。右の下に畫きたる男子が唇飾を着けたる想像圖なり。
※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]圖第二の中にて、口の兩端に二重の三角の畫き有る土偶は水戸徳川家の藏、簡單なる三角の畫き有るは羽後某氏の藏、口の四方に點を打ちたるは岡田毅三郎氏藏、口の周圍に點を打ち廻らしたるは理科大學人類學教室藏。
頸飾[#「頸飾」に白丸傍点] 土偶中には頸の周圍に紐を纒ひしが如きもの有り。恐らくは頸飾ならん。石器時代遺跡發見物中に在る曲玉及び其類品は裝飾として種々に用ゐられしなるべけれど、頸輪に貫くが如きは主要なる事なりしと信ず。石器時代の曲玉と我々日本人の祖先の用ゐたる曲玉とは其性質に於て等しからざる所有り。彼此混ずべからず。
※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]圖第二に畫き集めたる玉類の中にて上段の右の端なるは栗色の石にて造れる物なり。所有主は理科大學人類學教室。次は緑色の石にて造れる物。兩面に各數個の切り目有り。但し表裏其紋を異にす。所有主は三宅長策氏。次は前と等しく緑色の石にて造れる物なれど切り目の付け方は相違せり。所有主は毛利昌教氏。次は鹿の角にて造れる物。所有主右に同じ。下の方に畫きたる二個の中、豆の莢の如き形したるは緑色の石にて造れる物。兩面に多くの切り目有り。所有主は高橋鑛吉氏。其下なるは鼠色の石にて造れる物。圓き部分の周邊に切り目有り。所有主は三宅米吉氏。
以上或は美しき原料を撰び或は巧みなる細工を施したるを以て考ふれば、是等の玉類は裝飾とするに足る物にして、一端に紐を貫く可き孔を穿ちたるが如きは誠に面白き事實と云ふべし。此他、池袋、馬込、新地等よりは徑三四分位の石製の小玉にて孔を有する物出でたる事有り。何れも頸の周圍抔に裝飾として着けし物ならん。右の上に畫きたるは女子が玉類を頸飾とせし体なり。[#地から7字上げ](續出)
[#改段]

     ○コロボツクル風俗考第二回(※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]畫參看)
[#地から1字上げ]理學士 坪井正五郎
       ●衣服
總説[#「總説」に白丸傍点] コロボツクルの衣服《いふく》に付きては口碑甚不完全なり。或地のアイヌはコロボツクルの男子《だんし》は裸体《らたい》なりし由《よし》云へど、そは屋内の事《こと》か屋外の事か詳ならず、且《か》つ女子は如何なりしか傳へず。又《また》或地《あるち》のアイヌはコロボツクルの女子《じよし》がアイヌに近寄る時には片袖《かたそで》にて口を覆《お》ひたりと云ひ傳ふ。女子が或種類の衣服を着せしとの事《こと》は深く考ふる要無し。男子の裸体《らたい》なりしとの事は輕々しく看過《くわんくわ》すべからず。アイヌは膚《はだ》を露す事を耻づる人民なり。住居の内《うち》たると外たるとを問はず裸体《らたい》にて人の前に出づる事無し。コロボツクルの男子中|果《
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