に移り來りしなり。其頃此地にアイヌと異りたる人類住ひ居れり。此人民は石にて刃物を造り、土にて鍋鉢を造り、竪穴を堀つて住居とせり。最初はアイヌと物品交易抔爲せしが後に至つてアイヌと不和を生じ追々と何れへか去り徃きて今日は誰も其所在を知らず。
本邦石器時代の年歴[#「本邦石器時代の年歴」に白丸傍点]。北海道に石器時代人民の居りしは今より數百年前の事なるべけれど、日本本州に在る同人民の遺跡は更に古くして東京邊に於けるものは恐らく三千年を經過し居るならん。此人民もアイヌと等しく、本州より北海道の地に移りしものと考へらるるなり。
コロボックル風俗[#「コロボックル風俗」に白丸傍点]。北海道其他本邦諸地方に石器時代の跡を遺したる人民の風俗は如何なりしや。幾分かはアイヌの云ひ傳へたるコロボックルの昔話しのみに徴して知るを得べく、幾分かは古物遺跡の研究のみに由つて知るを得べけれど、兩者を對照して考ふる時には、一方を以て他方の不足を補ふことも有るべく、相方一に歸して想像を慥にすることも有るべく、互に相俟つて一事を證することも有るべく、石器を遺し、コロボックルの名を得たる此古代人民の風俗は一層明瞭と成るべきなり。以上指し示したる二つの根據は共に過ぎ去りたる事柄なるが、是等の他にも亦現在の事實にして參考に供すべきものあるなり。
未開人民の現状[#「未開人民の現状」に白丸傍点]。未開人民の現状は實にコロボックルの風俗を探るに當つて大に參考とすべきものなり。石器時代の境界に在る人民今尚ほ存すとは既に云ひし所なるが本邦にて發見する石器の使ひ方造り方の如きは是等人民の所業を調査して始めて精く知るを得べきなり。土器の製造法も使用法も、竪穴の住ひ方も、貝塚の出來方も同じく皆現存未開人民の行爲に就て正しく推考することを得。此他の風俗に關する諸事に於ても亦然り。
コロボックル風俗考の主意[#「コロボックル風俗考の主意」に白丸傍点]。コロボックル風俗は第一、アイヌの傳へたる口碑、第二、本邦石器時代の古物遺跡、第三、未開人民の現状の三種の事柄に基いて考定すべきものなるが、之を爲すの主意たるや、啻に本邦古代住民コロボックルの生活の有樣を明にするのみならず、此人民と他の人民との關係、此人民の行衛迄も明にせんとするに在るなり。
コロボックルの体質[#「コロボックルの体質」に白丸傍点]。コロボックルは丈低き人民なりしとは諸地方アイヌの一樣に云ふ所なり。中には一尺計りと云ふ者もあり、八寸計りと云ふ者もあれど、こは日本語にて丈低き者をば一寸法師と呼ぶが如く形容たるに過ぎざるべし。容貌は男女見別け難かりしと云へば男子には髯無かりしならん。石器時代の土偶中には男子を摸せしと思はるる者も有れど髯の形を作り設けしものは未だ見ず。男子に髯無くして容貌女と等しき人民は他に例無きにあらず。アメリカの北端に住むエスキモとアジヤの東北端に住むチクチとの如きは殊に然りとす。コロボックルの顏の形は如何なりしか固より確知する能はずと雖とも土偶の面部の或は圓く或は平たきを以て考ふれば恐らく圓形なりしならんと思はるるなり。
●身体裝飾
頭髮[#「頭髮」に白丸傍点] コロボックルは頭髮を如何に斷ちしや如何に束ねしや、余は或るアイヌよりコロボックルの女はアイヌの女と同樣に頭髮を切り下げに爲し居りし由との事を聞きしのみにて他には口碑に就て得る所無し。土偶に據つて考ふれば、男子は頭髮を頂上にて一つに束ね稍冠下の如くにし、女子は或は頭後に渦卷きを作り或は頭上に五つの小髷を載せ或は髮を左右に等分して全体を、への字形に爲せしと思はる。※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]圖第一の周圍に在るは土偶頭部の實例にして中央に畫きたるは此等及ひ他の標本を基として作りたる想像圖なり。
實例圖中、上の中央に在るものは理科大學人類學教室所藏、其右のものは佐藤蔀氏藏、其下は岡田毅三郎氏藏、上の左は帝國博物舘藏、其下は理科大學人類學教室藏、下の中央は田口惣右衛門氏藏、其右は唐澤貞次郎氏藏、下の左は唐澤辨二氏藏。
入れ墨[#「入れ墨」に白丸傍点] コロボックルの女の入れ墨せし事は諸地方のアイヌの等しく傳ふる所なり。此の裝飾を施す額分は或は手先より臂迄と云ひ或は口の周圍及び手先より臂迄と云ふ。土偶には頬の邊に入れ墨を示せし如き線を畫きしが有り。アイヌの女が入れ墨するはコロボックルの風を學びしものなりとの云ひ傳へも諸所に存す。女子の入れ墨を以て身体を飾る事類例甚多し。エスキモの如き其一なり。※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]圖第二の中央に畫きたる土偶は信州松本某氏の藏、鷹野秀雄氏の報に係る。其右に畫きたるは面部入れ墨の想像圖なり。
耳飾[#「耳飾」に白丸傍点] 耳飾
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