はた》して衣服を着《つけ》ざる者有りとせばアイヌは實《じつ》に其|無作法《ぶさはふ》に驚《おどろ》きしならん。氣候の寒暖《かんだん》は衣服の有無を决定《けつてい》するものに非《あら》ず。テラデルフユウゴの住民は寒地に在りても裸体《らたい》にて生活す。彼のエスキモを見よ屋外に出《い》づるには温き衣服《いふく》を纒《まと》へども屋内に入れば男女の別《べつ》無く屡ば裸体となるに非《あら》ずや。生來の習慣と住居の搆造《こうぞう》とは寒地人民の裸体を許すものなり。習慣《しうくわん》を異にし住居を異にするアイヌとコロボツクルが裸体《らたい》に對《たい》する考へを等しうせざるは怪《あやし》むに足らず[#「足らず」は底本では「足らす」]。余はコロボツクルは衣服《いふく》を有《いう》すれど時《とき》としては屋内抔[#「屋内抔」は底本では「屋内坏」]にて之を脱ぐ事有りしならんと想像《そうぞう》す。以上は口碑に重《をも》きを置《を》きての説なり。之を土偶《どぐう》に徴するに、裸体のもの有《あ》り、着服のもの有りて前述《ぜんじゆつ》の諸事中|甚《はなはだ》しき誤無きを證す。
股引[#「股引」に白丸傍点] 土偶に據りてコロボツクルの服裝《ふくそう》を考ふるに、身体の上半は筒袖《つつそで》の上着を以て覆ひ、下半は股引を以て覆《お》ふ。着服の順序より云へば先づ股引に付いて述《の》ぶるを適當《てきたう》とす。此物に二種の別有り。第一種は普通《ふつう》の股引にして、膚《はだへ》に密接するもの、第二種は裁《た》ち付け袴の類にして、全体甚|寛《ゆる》やかに、僅に足首の所に於て固《かた》く括《くく》られたるもの。
第一種は模樣《もよう》に隨つて左の如く小別するを得。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
(い)腰《こし》より足首迄の間に一行より五六行位の横線《わうせん》を畫《ゑが》きたるもの。是等の中には單《たん》に凹《くぼ》ましたるも有り亦朱にて彩《いろど》りたるも有り。
(ろ)腰より足首に達《たつ》する二條の縱線を畫きたるもの。
(は)腰より足首迄の間に十行計りの横線を畫きたるもの。
(に)腰の邊《へん》に一段の仕切りを爲して此中に種々《しゆ/″\》の小模樣を畫きたるもの。
[#ここで字下げ終わり]
第二種は左の二より成る。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
(い)無紋。
(ろ)曲線|連合《れんがふ》の模樣有るもの。
[#ここで字下げ終わり]
股引に二種類有るは何に由るか未詳。然れども乳房《にうばう》の部の膨《は》れ方少き土偶に限りて第二種を穿《は》きたる樣に作り有るを見れば或は此方は男子用にして第一種は女子用ならんか。エスキモ男子中には第二種と等《ひと》しき股引を穿く者有り。彼等の多數《たすう》は男子共に第一種と同樣なる形の股引を穿《は》く。原料の事は後に云ふべし」※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]圖中、右の上(根岸武香氏藏)、其下(加藤某氏藏)、其|斜《ななめ》に左の下(人類學教室藏)三個は第二種の好例《かうれい》なり。此他の脚部は皆第一種に屬す。
上着[#「上着」に白丸傍点] コロボツクルは身体の上半を覆ふに上着のみを以てせしか、他に膚着の類有りしか、知るに由無し。今は只上着のみに付きて記述《きじゆつ》を試《こころ》むべし。
上着にも慥《たしか》に二種の別有り。第一種は普通のフラネル製のシヤツの如く胸部《きやうぶ》より腹部《ふくぶ》に掛《か》けて縱《たて》に眞直に合はせ目有り。第二種は白シヤツの如く胸部に開《ひら》きたる所有りて腹部は左右《さゆう》連接《れんせつ》す之を着るには第一種に在つては紐《ひも》を以て諸所を括《くく》り、第二種に在つては胸部を開きたる儘《まま》にし、すでれ[#「すでれ」はママ]上部のみを紐にて止《と》めたるならん。第一種の方には略製《りやくせい》にして胸部の搆造《かうざう》詳《つまびらか》ならざるものも有れど大概は右に述《の》べしが如くなるべし。兩種共樣々の模樣《もやう》有り。殊に渦卷《うづま》き形を多しとす。第二種の上着は第二種の股引と相《あひ》伴《とも》なふ[#「伴《とも》なふ」は底本では「伴《とも》ふ」]に因つて思へば此物は男子の着用品ならんか。第一種の上着を着する土偶《どぐう》には乳房の部の膨《は》れ方甚きもの有り。是亦第一種の婦人《ふじん》用たるを示すものの如し。
※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]圖中、右の上、其下、左の端より二行目の中央《ちうわう》の三個は第二種の好例なり。([#ここから割り注]此他の土偶は皆人類學教室藏[#ここで割り注終わり])エスキモは現《げん》に是等と同樣なる上着を用う。
男女服裝の別[#「男女服裝の別
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