疊より十五疊迄を常とす。竪穴の中よりは古器物《こきぶつ》の他に、灰及び燒け木の出づる事有り。是等の中には煮焚《にた》きの爲、温暖《おんだん》を取らん爲、又は屋内《おくない》を照さん爲、故意に焚き火せし跡も有るべけれど、火災《くわさい》の爲屋根の燃《も》え落《お》ちたる跡も有らん。屋根の事は次項に記すべし。
竪穴は風雨の作用|塵埃《ぢんあい》の堆積《たいせき》の爲、自然に埋まる事も有るべく、開墾《かいこん》及び諸種の土木工事の爲、人爲を以て埋《うづ》むる事も有るべきものなり。石器時代竪穴現存の例、北海道のみに多くして、他地方に於ては更に見聞《けんもん》無《な》きも、必竟《ひつけう》、北海道の地は比較的近き頃迄石器時代人民の棲息地《せいそくち》なりしと、開拓《かいたく》未だ行き渡り居らさるとに由る事大ならん。
●屋根
或る地方のアイヌは北海道先住者は住居の屋根《やね》を葺《ふ》くに蕗《ふき》の葉《は》を以てせりと言ひ傳ふ。是コロボックルの名有る所以なり、(第九十號緒言を見よ)。或る地方にてはクッロポックグルの名行はる。クッヲロとは蔦蔓《つたづる》の類を指すと云ふ。此名を直譯すれば蔦蔓の下の人となる。恐くは屋根を造る材料として多くの蔦蔓を用ゐたるを云ふならん。思ふに竪穴の中央に數本の柱を建て是に棟梁を結び付け、周圍《しうゐ》より多くの木材《もくざい》を寄せ掛け、其上を種々のもの、殊に蕗《ふき》の葉《は》にて覆ひ、蔦蔓《つたづる》の類にて綴《つづ》り合はせて住居を作り上けたるならん。葉の大なる蕗は北方にのみ生ずるもの故右の説明《せつめい》は固より全國に通ずべきに非ず。他地方に在つては主として獸皮、木皮、席類等を以て屋根を葺きしならん。
●住居の工事
野蠻未開《やばんみかい》の社會に於ては分業盛に行はれず、大工、土方の如き固り獨立《どくりつ》して存す可き職業《しよくぎやう》にあらず。此故に住居新築《じうきよしんちく》の擧有れば隣人《りんじん》相《あひ》補《たす》けて土木の事に從《したか》ふを常とす。コロボックルも亦然りしならん。住居《ぢうきよ》の位置《いち》は、第一に飮用水《いんようすい》を汲《く》むべき泉、川、或は湖より程遠《ほどとほ》からぬ所にして、次に食物《しよくもつ》の獲易《えやす》き塲所、次に日當り好《よ》き地を撰《ゑら》びしなるべし。三つの條件《じやうけん》を充たす地には大部落《だいぶらく》存《そん》せしならん。住居《ぢうきよ》の大小は家族《かぞく》の多少に因る事|勿論《もちろん》なれど塲合《ばあひ》に由つては一個《いつこ》の大部屋を設《もう》くる代りに數個《すうこ》の小部屋を作る事も有りしと思はる。瓢形《ひやうかた》の竪穴《たてあな》の如き即ち其例なり。穴《あな》を作《つく》るに當つては、或は長さ幾歩《いくほ》、幅《はば》幾歩と歩《あゆ》み試み、或は繩《なわ》を採《と》り尋數《ひろすう》を測《はか》りて地上に張《は》り廻《めぐ》らし、堀る可き塲所《ばしよ》の大さを定め、尖《とが》りたる棒《ぼう》を以て地を穿《うが》ち、籠《かご》、席《むしろ》の類に土を受け、且つ堀《ほ》り且つ運《はこ》び多くの勞力《ろうりよく》を費して仕上《しあ》げたるものならん。アフリカ某|地方《ちはう》の土人は土堀《つちほ》り用の尖《とが》りたる棒《ぼう》に石製《せきせい》の輪《わ》をば鍔《つば》の如くに篏《は》めて重《をも》りとし、此|道具《どうぐ》の功力《こうりよく》を増す事有り。本邦石器時代遺跡《ほんぱうせききじだいいせき》より出づる石輪中《せきりんちう》にも或は同種《だうしゆ》のもの有らんか繩《なわ》、籠《かご》席《むしろ》の存在は土器《どき》の押紋《おしもん》及び形状《けいじやう》裝飾《そうしよく》等に由つて充分に證明《しやうめい》するを得べし。建築用《けんちくよう》の木材は火にて燒《や》き切り又は打製|石斧《いしおの》にて扣《たた》き切《き》りしなるべし、是等を括《くく》り合するには諸種の繩《なわ》及び蔦蔓《つたづる》の類を用ゐしなるべし
●室内の有樣
室内《しつない》の有樣に付きては口碑《こうひ》存せず。火を焚《た》きし跡《あと》の他、實地《じつち》に就いての調査《てうさ》も何の證をも引き出さず。余は茲に想像《そうぞう》を述べて此點に關する事實《じじつ》の缺乏《けつばう》を補《おぎな》はんとす。
昇降口《しようこうぐち》の高さは少くとも三尺位は有るべし。恐《おそ》らくは木製《もくせい》の梯子《はしご》或は蹈《ふ》み臺《だい》の設《もう》け有りしならん。入り口と周壁《しうへき》の或る部分《ぶぶん》には席《むしろ》を下げ置きしなるべく、地上《ちじやう》には木材を並《なら》べ、其上に席、編《あ》み物《もの》、獸皮《じう
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